お祝い
「なんでこんなにいっぱいなのよっ」
俺とノーラが到着して聞いた第一声が朝葉のこの言葉だった。
「なんでって言われても……」
「てっきり私と久夜とノーラちゃん梓ちゃん、裕太くんに宇柚ちゃんだけだと思ったのに」
「言ってなかったっけ? 梓と宇柚の親御さんも都合がついたこと。ノーラと梓のクラスメイトも呼ぶって」
「聞いてないわよ。こかすわよ」
「なんでこかされなきゃならんのだ。大勢のほうが楽しくていいじゃないか」
「てっきり、花見の最後で……その、いい雰囲気になって……き――」
また言葉尻が小さくなっていった。
花見といっても桜は散ってしまって桜の木を見に来ているようなものだけど。花見ではなくてピクニックのようになっているが、まあ、騒げたらいいのだが。
「なんか言ったか?」
「な、なんでもないっ」
「それならいいんだが」
朝葉が言うようにもうすでにたくさんの人が来ていた。今日はゴールデンウィーク最終日。前半にやるとか言っていたけれど、後半、しかも最終日になってしまった。朝葉が頑張ってなんとか予定を開けてくれた。
騒ぎたいだけの皆さんは続々とやってくる。片手にお酒やら食べ物やら持ってくるので、ピクニックが超豪華。ウチだけだと弁当ぐらいしか用意できていなかった。
宇柚と梓の親御さん、小学三年生の子供たちと親御さん方、校長の瀬川昼真。親御さんはもちろんのこと、昼真は朝葉が来ると言ったら釣れた。
簡単だった。
「早く食べようよー」
「やっぱりお前は花より団子だよな……」
桜はないが。
いくら異常気象だとしてもこの時期までは咲いてくれてはいなかった。
「団子もあるのかー。食べるー」
「いや、わからんけど」
予想通りのノーラの反応だった。もうちょっと大人しく慎ましくしていられないのか。
無理かー。
*
先日。ノーラの両親が俺の店に来て、これからのことを話し合った。
「コーヒーのほうがいいですか? それとも緑茶ですか?」
「いえお気遣いなく。まあお茶のほうがいいですが。ね、あなた?」
「うむ。なんでも良いぞ」
「じゃあお茶にします」
ノーラ父の服装が袴で吹き出しそうになったのは秘密だ。外国人に似合わないな。いや、この人だからだろうか。筋肉隆々は和服に合うと思っていたのだけど、改めなければならない。この人だけかもしれないけど。
飲み物を持ってきて一息ついて。
「そ、その……どうするんですか?」
「ああ、そのことだけどね。このままノーラのこと預かってもらえないでしょうか」
「……いいんですか?」
「もちろんです。あの子に私たちは国事があってあまりかまってやれないですし、学校にも行かせていませんし。……多分、国には同い年の友達がいないでしょう。こんなことをよしとしている私は母親として失格ですよね」
「いやいや、そんなことはないですよ」
「だから久夜さんお願いしたいのです。ダメですか?」
一児の母とは思えない男性を撃ちぬくほほ笑みを浮かべられた。どうせ大歓迎ですけどね。ノーラたちといるとこっちも楽しいもの。
「こ、こちらこそ」
「おい小僧、一言言っておくぞ。娘に手を出したらただではすまんからな。わかっておるな? 具体的には泣いて『殺して』と言うまで痛い目を見させてやるからな」
なんていうテンプレートな脅し文句。でも笑えない。この人、目がマジ。
「わ、わかりました、大丈夫です、ゆめゆめ」
でもさ、年齢的に二回りほど差があるんだよ? 手を出すわけないじゃないですか。
その後、雑談でノーラの日本知識がノーラ母から来たことがわかったり、ノーラ父のいままでも漏れていた溺愛ぶりが垣間見せてきたり、俺の生活態度について詰問されたりした。
なんの拷問だよ、と言いたくなる詰問だった……。あの顔面が詰め寄ってくるんだぜ。心臓が止まるかと思ったよ。
*
「おお、キューなのら」
「大丈夫でしたか? ノーラは?」
宇柚と梓がやってきた。裕太は……あー、ご愁傷様です。小学3年生を子に持つ奥さん方に遊ばれ……もとい歓談していた。
かわいいお年頃のだもんね裕太は。わかりますよ奥さん方。小学生ともなると生意気になってきますし。
「かわいいわね、お料理より食べたくなっちゃうぐらい」
などと聞こえる。ゾッとするセリフだった。
あらためてみると裕太ってアイドル顔だよな。もう少し大きくなったらジャニーズ事務所に入れるぐらい。オバサンたちに人気だな。将来有望(?)である。
助けに行こうか、いやこれも社会勉強だと思って見逃してやろう。
……決して、被害にあうのがイヤだなんて思ってないんだからね。……本当だよ。
「早く食べようよー」
「ノーラ。ちょっと待てって。まずは乾杯からだろ。みんな飲み物持ったかー」
「「「「「おお」」」」」
一斉にジュースの缶やらビールの缶を掲げて同意する。
「えーなんの乾杯?」
「もちろん――」
「「「「「「「「ノーラちゃん、入学、子供たち進級、おめでとう。」」」」」」」」
これだった。
「少々遅れてしまったようだな」
そういって現れたのはノーラの両親だった。一国の元首。王様。大統領。総理大臣。そんなレベルの人だ。例の黒塗りリムジンでの登場。
ただし、服装は破れジーパンにカジュアルな上着。だけど、腰パン。
いやいやいや。
あの……パンツが見えそうになってるんですけど。ズボンはちゃんと履いて下さいって。ほら、子供たちがずり下げようと後ろから接近しているのがわからないんですか。
子供たちのおもしろいスニーキングミッションは失敗に終わった。先に金髪巨乳メイドさんが一気に引き上げてしまった。股の限界まで。ベルトが胸辺りまでいってるんですけど。
メイドとしての忠誠はどこ行ったのだろうね。
「ぐおっ」
「失礼しました」
「この――」
地面に股間を抑えて転がっているノーラ父の言葉をメイドさんは超クールに受け流す。
「そんなことより。ほら、あなたが選ぶのにあんなに手間取るから」
そんなことよりって……。ノーラ父不憫。男としては急所なんだよ。女性の方は知らないけどさ。
「むう……。そうはいっても手土産の一つは必要だろう。おい庶民。来てやったぞ。ほれ、酒だ」
もう復活していた。メイドさんは見た目と違って手加減しているのかもしれない。
しかし、酒か。この人が飲むのだから最高級なのだろう。
しかし、なんでこんなに偉そうなんだろうか。……本当に偉いのだった。忘れていた。
「はあ」
「なんだその返事は。しゃっきとせい」
「いや、あの、その格好というのは……?」
「お前に言われたように『庶民の服』できてやったぞ」
お父さんは胸を張る。しかし、俺の反応を見て狼狽しだした。
花見をするという連絡を一応入れたのだが嫌な予感がしたので、庶民風の服装でお願いしますとお願いしていた。正装で登場されてもいろいろ困る。
「……な、なにか違うか。コンビニエンスストアにおった若者はこのような服を着ていたぞ……?」
「そんなところだけ若者を参考にいなくても。もっと同年代を参考にしましょうよ」
「うむ。まあ今日はこれでいいだろう。なあ、おまえ」
「ええ、うふふふふ」
お母さんは反対しなかったのだろうか。……してないな。むしろ勧めたという感じ。
「そこのおっちゃん。久夜もこっちこいよ。酒あるぜ」
もうすでに酔いだした昼間が呼ぶ。怖いもの知らずめ。酒の力はすごいね。身分を超越できるようになるのだ。
しかし、身分を気にしない昼真の態度が気に入ったようでノーラ父さんは喜んでそちらに行ってしまった。
「うむ。おじゃまさせていただこう」
「おくさん。こっちですよ」
「はいはーい。今行きます」
お父さんはお父さん連中に、お母さんはお母さん連中に加わった。面倒見る必要はなかろう。
まあ、ちょっと遅くなったけど、ちゃんと祝えてよかった。誘拐狂言されたときはどうなるかと思ったが、ちゃんと花見ができた。
「これ、おいしー。なに? これなに?」
「さくら餅だな。っていきなりデザートからいくな。同じメニューでも味が少しずつ違うかもしれんから、おかずから食べてとけよ」
「やだー」
だからな。栄養から考えておかずをお米などバランスよく食べないといけないだろ。
「朝葉みたいに大きくなれないぞ」
「うっ、朝葉みたいなおっぱい……頑張っていっぱい食べてわたしのおっぱいも大きくなるっ」
「いや、そういう意味ではなくてな……」
「ま、まあ今日ぐらいはいいんじゃない?」
「そうは言うが、朝葉。栄養はちゃんと摂らないとダメだろ。それにお前教師だろ、そんなことでいいのか」
こっちもデザートやお菓子を中心にして口に入れている。
「いいのよ、今日は。今日ぐらいは。いくら食べてても……甘いものとか。今日はカロリーを気にしないで食べるのよっ」
「そうか……? それならいいんだが」
甘いもの食べたかったのか。カロリーって……。
「朝葉はそんなに太ってないだろ? なにを気にしてるんだよ」
「そ、そんなことはないわよ。私なんかくびれが全然なくて久夜の気なんか引……って何言わせんのよ。こかすわよ」
「お前が勝手に言ったんだろ……。で、俺がなんだって?」
「な、なんでもないわよ」
「ほんとか?」
「ほんとよ」
「ならいいんだが……」
気になって本当はあまりよくないのだが、朝葉が追求してほしくなさそうなのでここらへんでやめておく。
「でもノーラちゃん、久夜がもうしばらく預かっていてもいいんだって? よかったじゃない。あんた。別れとか苦手だもんね。男なのに号泣しちゃったりするもんね」
「してないし、これからもするつもりはないからな。絶対」
「はいはい」
「でもほんとにそうだよ。ノーラがいなくなったら一気に寂しくなるだろうし、梓だって……」
「そうだよね」
良かったと思う。この結果になって。他の選択肢もあっただろうけど、これが一番よい。ベターな選択肢を選べたと思う。
これからもずっと自分の道を選んでいかなければならないけれど、どれも最善を選んだと思えるように努力してみよう。
選択肢に正解はない。
それは選んだ未来を正解に変えていくのだ。自分の力で。
さあ、これからもがんばろう。
とりあえずは、四人の子供たちの面倒を見るところから。
これで一応、一段落着いたはずです。よかったー。




