おうた
「あのねあのね、今日、お歌を歌ったよ」
「へえ、どんな?」
裕太を迎えに行った帰り道である。今日のあった出来事を離してくれる。
「ポケットの中にはビスケットがひとつ♪」
ああそれね。俺も知ってる。ひけるよ。カスタネットで。
ピアノでは『猫踏んじゃった』と『カエルの歌』だけならかろうじて。幼稚園の教員免許を取るときに実技試験で音楽があったのだ。試験内容は『どんな曲でもいいから一曲弾ききること』だった。それまで音楽は歌う担当だったので、かなり練習したよ。
「ポケットを叩くとビスケットがふたつ♪」
完全に割れてるよね、それ。下手したら粉々だよ。
「もひとつ叩くとビスケットがみっつ♪」
え、四つじゃないの? 二倍化していかないの。
子どもの歌というか童話の歌って大人になってから聞くと、ツッコミどころ多いよね。
「叩いて見るたびポケットが増える♪」
「ポケットは増えないよな!」
胸ポケット叩いたらズボンの方にポケットができちゃうのか。それとも、二重ポケットになるのか。
「間違えた……ビスケットだった……」
「そうだよね……」
「もう一つあるよ。海は広いなー大きいなー♪」
それね、知ってるけど題名がわからん。だいたいこういうのは歌詞の中に隠れているはずだ。おそらく『海』とか『海の波』とかだろう。
「波は揺れるしー日はじぬくー♪」
「じくぬってなに!」
「間違えた」
なんだ噛んだだけか。わざとかと疑うわ。幼稚園児にして笑いを取りに来たのかと思ったよ。