雪解けの花。
たった一本きりの、冬の終わりを告げる花。
雪解けが近付くと、僕等の里には春の訪れを知らせる雪解花が咲く。
ごつごつした黒い枝の先に、僕等の指先くらいの小さな白い花。
この花が散る頃にはもうすっかり春がやって来ていて、森は冬に眠りから覚める。
里の外れ。
森の入り口にはそんな雪解花の大木が一本立っていて、毎年春の訪れを教えてくれている。
「ほら、今年もちゃんと咲いたぜ」
ガーヴェが誇らしげにそう言って笑った。
ガーヴェはこの里で唯一の『光輝魔法』の使い手だ。不思議な事に、彼等は村に一人しか生まれて来ない。
先代が亡くなると、その翌月に血筋とは関係なしに次代の使い手が生まれて来る。
そんな唯一、光を属性に持つガーヴェの役割の一つがこの雪解花の世話だったりする。
ガーヴェは冬の間、光の力を雪解花に分け与えるのが日課だった。
何故ならこの花は、光が少ない所では花を咲かせる事も出来ずにすぐ枯れてしまうから。冬はただでさえいつもより昼が短いから、ガーヴェは朝と夕方に雪解け花の所に通っている。
長が言うには、本来ならもっと北の寒い場所に生える木らしい。
それなら昼はもっと短くて、雪解け花は生きて行けないんじゃないのかと思っていると、とてもとても寒い場所は日が沈まない日が何日もあるんだと教えてくれた。
流石に長も里の外へ出た事はないから、実際どういう原理でそうなるのかまではわからないそうだけど。
ともかく、以前は里にもたくさんあった雪解花の木も、そうした理由で今ではたった一本きりになってしまったらしい。
昔、僕等の里には『光輝魔法』の使い手がいなかったという。それが何故今はいるのか、その理由を僕等は知らない。
「一人で淋しいかしら」
サエナが雪解花を見上げて、ぽつりとそんな事を言った。その隣でリルーも神妙な顔で見上げている。
特に植物と相性の良い『育成魔法』の使い手でも、この花にだけは効果がないらしい。
周囲にはまだまだ雪が残っている。真っ白な世界の中で、一本だけ立っている雪解花は確かに淋しそうに見えた。
「平気さ」
けれどもガーヴェはあっさりと否定した。
周囲の雪と同じような白銀の髪と瞳を持つガーヴェは言う。
「オレがいるし…お前等もいるからさ。里のみんなもいるだろ? だからきっと平気だ」
そう言えばガーヴェも家族がいない。
彼の両親は、流行り病でガーヴェが小さい時に死んでしまったという。
…ひょっとしたらガーヴェしか世話が出来ないのは、雪解花と同じだからかもしれない。そんな事をふと思った。