ナポリタン(その1)
あるところにストーカーの被害に悩んでいる女がいた。
彼女が何者かの存在に気付いたのは、つい一週間前のこと。
ストーカーは気付かれたことを理解したのか、その日から大胆に動き始めた。
初めは相手の性別すらわからなかった彼女だが、一週間もたてば、相手の顔を覚えていた。
毎晩、彼女が寝静まるころに家の前に立ち、双眼鏡をかまえる。
日曜の買い物に出かけた彼女の後をつけまわす。
そんなことをストーカーは続けていたが、彼女はトラブルに巻き込まれることを恐れ、誰にも相談できなかった。
不思議なことにストーカーの顔に見覚えはなく、彼女にはどうして自分が絡まれたのかが分からない。
そういう人間の感情を理解しようとするのはあきらめて、彼女はようやく警察を頼ることに決めた。
帰宅時に近くの交番によることにして、彼女は夕闇の中、会社を出た。
そういう日に限って、ストーカーは姿を現さない。
もっとも、彼女はストーカーの姿をすでにカメラに収めており、現行犯での逮捕にそこまで期待してはいなかった。
それゆえに、悠々とあせらず、彼女は交番へと向かう。
人気のない暗がりに、まぶしいくらいの明かりを放って、交番はあった。
その明るさに安心感を覚えながら彼女は交番へと駆け込んだ。
「どうかしましたか」
奥にいた警察官がゆったりとした声で応対した。
「ストーカーの被害にあっているんです。証拠がここに」
「これですか」
彼女は顔も上げず、バックからすばやくビデオカメラを取り出した。
すべてが順調に進み過ぎていることに不安を覚え、彼女は後ろを振り返る。
彼女が入口のガラス戸を見ると、その先に見慣れたストーカーの顔があった。
ストーカーは一歩ずつ彼女のもとへと歩み寄っていく。
声にならない彼女の絶叫が交番内に響き渡った。
もう同じような作品があるかもしれない……