9.不治○不時
俺は目を疑った。
ドクターに通された手術室の中で見たのは、手術台の上で林檎を丸かじりしているナギの姿だった。
9.不治○不時
俺は冷徹に徹しまくって口を開いた。
「死んだはずじゃなかったのか」
ナギはけろっとした態度で答えた。
「死んださ、表向きにはな」
ナギが言うには何者かに刺されたのは本当。
事実、一時的に意識不明の昏睡状態に陥っていたという。
並の人間なら死んでいてもおかしくない状態だったが、溢れ出る才能を持つ自分が死ぬことを神は認めなかったのだとか。
意識が薄れる直前に犯人に対して例の力を使い、最悪の状況は免れたのだとか。
今度は真剣な顔で口を開く。
「冗談はそこまででいい。で、お前を刺した犯人は誰なんだ」
その空気を察してかナギが初めて真面目な顔つきで回答をよこす。
「ソニア・リンドバーグ」
「誰?」という表情で返すとナギが言葉を続ける。
「一年前の爆発事故で死んだ会社の遺族様だよ」
その言葉を聞いたとき、俺は全てを理解できた気がした。
「お前と同い年の少女、ソニアは憎しみに満ち溢れていたよ。
母と姉を奪われ、家や財産も奪われ、生き残った父親と自分の未来さえも奪われたってな。
だから捕まることを承知で病院にまで来たんだな。
自分と同じく家族を殺して、社長である父さんに同じ思いを味あわせたかったってとこだろう。
だから今日は俺が帰らせた。
明日はお前のところに来るぞ」
あの少女にそんなことがあったのか。
無意識的になのだろうか、そんなことは今まで考えたことがなかった。
家族を失うということがどんなことなのか分かっているはずなのに。
ん?
今なんて言った。
「明日はお前のところに来るぞ。大事な事なので二回言っておく」
俺は固まった。
なぜなんだ、なぜそんな危険人物が明日俺のところに。
「俺の力で帰らせた時についでに命令したからだ。『もう俺を襲うな、弟を狙ってくれ』って」
真っ赤に腫れた頬をさすりながらナギが言った。
「考えてもみろ。
俺は被害者だがソニアも被害者だ。彼女だけ警察に捕まるなんて悲しい結末は見たくない」
よくもまあこれだけ偽善的な台詞が出るもんだと斜に構えながら聞いていた。
四日前に蹴り飛ばしてやったのが効いてるのか。
「どの道俺は入院生活だ。
流石に二日続けて同じ病院で刃物を振り回す馬鹿はいない。
そして俺のことを殺し損ねた。
命令に関らず、次に狙われるのはやっぱり弟のお前なんだ。
そして対策があるから念押しで『お前を狙え』という命令を付け加えた。
今からそれを説明する」
子供時代、よくナギの戦略ゲームごっこに付き合わされた。
あまり良い思い出はないが、こうなってしまった以上話ぐらい聞いておこう。
もう片方の頬を腫れさせる準備はできてる。
生き残るための決意もだ。