5.破壊 破戒
体育館では全校生徒が列を成して並んでいる。
この学校の生徒会が企画運営を担当しての新入生歓迎レクレーション。
この高校は大企業のグローブマン社と提携している。
グローブマンと聞いて野球用品を思い浮かべる国民はいない。
機械工学の最大手株式会社で、グローブマン社の技術を扱った勉強をしたいと入学を希望する生徒は多い。
新一年生達は期待に胸を膨らませながらその時を待っている。
そしてグローブマン社が世界に誇る発明品、単独騎乗用戦闘兵器ハリケーンのお目見えだ。
騎乗者は生徒会副会長にしてグローブマン社の次期社長ナギ・グローブマン。
白く輝くボディの特注品「零式」が館内を風の様に駆け抜ける。
湧いた歓声は二つの意味を持っていた。
「流石はハリケーンだ、凄い!」
「ハリケーンの前を生身で駆けていた男は何者だ? とにかく凄い!」
5.破壊 破戒
「トム、今なら謝れば許してやるぞ」
俺の制止を振り切ってトムは逃げる。
ハリケーン零式の攻撃をかわしながら外に出る。
外は雨。
図解が無いため分かりにくいのだが、ハリケーンは諸君らの想像よりも小さい乗り物だ。
騎乗者を含めても高さは四メートル程度。
そして安全設計ではあるがコクピット部はオープン。
つまり雨天時の騎乗者は雨ざらしだ。
何が目的で弟はハリケーンを雨の元へ誘い出したのか。
「雨水によるショートを期待してるんじゃないよな。嵐の名前を冠する機体に水は効かないぞ」
トムは黙って息を整えている。
「それとも俺自身へのチェックか。雨に濡れさせてコンディションを奪う気か」
トムは何も言わない。
「繰り返す、謝れば許す。零式は一話で砕いた機体とは装甲・スピード・パワー全ての面でポテンシャルが違う。生身では勝てない」
「お前の目的は何だ」
ようやく口を開いたかと思えば、見当違いな質問が出された。
「皆を騙して、女の子にあんなことをさせて、それで何が得たいんだ」
トムのくせに俺に説教をしようというのか。
「理由なんて簡単だ。俺はサディストで、それ向きの力を持っているから使ってるだけだ」
「ふざけるな。お前の私欲で利用された人達の気持ちを考えたことがあるのか」
トムのくせに。
「お前こそふざけるな。他人の気持ちなんて一々考えていたら、どうやってこの力を使えというんだ。
足が速い者はオリンピックで活躍する。
容姿が美しい者はテレビに出演して賞賛を浴びる。
俺の力も同じ才能なんだ、素質なんだ。そして人生に次はない。この力を持って生まれてくるナギは俺しかいないんだ。
俺の力は俺のものだ。俺の為に使って何が悪い!」
つい熱くなって大声を出してしまった後で、ようやく気がついた。
トムは、生徒会副会長の俺の立場を守るために雨の下に誘き出したのか。
雨の音で声をかき消すために。
トムが笑っている。
「頭が良いのも考え物だな。なぜ外へ出たのか分かってるよな。そしてお前はもう俺を倒すことは出来ない」
トムの言うとおり。
力を使うなり、ハリケーン零式で蹴散らすのは簡単だ。
しかし俺はもう負けを認めてしまっている。
自分のためだけに力を使い続けてきた俺が、他人に施しを受けてしまった。
しかもその相手は脳みそまで筋肉でできていると思っていた出来損ないの弟だった。
絶対の自信があった知力戦に追い込まれ、まさかの敗北。
「まだ終わりじゃない。腕力でも俺が勝つ」
呆気にとられうなだれていた俺は、走って接近中のトムに対応できなかった。
飛び蹴り一撃。
ハリケーン零式は吹っ飛び尻餅をつき、俺は宙に投げ出された。