10.会社_下位者
世界は理不尽で出来ている。
神は存在しないんだと皆分かっている。
だから人々の手で新しい世界を創ったはずなのに。
世界はいまだ理不尽なままだ。
10.会社_下位者
ひさしぶりに兄、ナギ視点で物語を展開させていただく。
憎しみが募ってナイフで俺を刺した少女、ソニア・リンドバーグの対処は愛する弟に任せた。
作戦の全貌は昨夜の内に伝えてある。切り札も渡しておいた。
俺はその間にもう一人の敵を相手にしなくてはならない。
「そこのあんたのことだよ」
俺の呼びかけに応えるように扉が開き、一人の男が入ってきた。
白衣を着ているがこの病院の医師ではない。
白縁のメガネをかけて、痩せてんだが筋肉質なんだか分からない顔の肉質がキモかった。
眉と目とメガネをしかめながら男が言った。
「やっぱりここにいたんだね。しかも生きてる」
俺は立ち位置を変えないまま、というか怪我で動けないのでベッドの上から返した。
「俺は表向きには死んだことになってるんだ。そう扱う様お願いしたからな。
にも関らずこんな場所に来るなんて、早くも当たりか」
厳密には面会謝絶状態として話を通している。
しかし実際には誰でも入ってこれるように施錠はしていない。
「社会的に、少女の家族は二人死んだことになっている。
少女の母親と姉だ。
しかし真実はそうではない。
少女の姉は妊娠していた。三ヶ月目だったからカウントされていないだけで、少女の家族は三人死んだんだ。
そして結婚を目前に控えたその姉と付き合っていたのが…」
「いかにも」とでも言いたげに眉と目をしかめてみせた。
「よくもマリアの命を。
私達は本当に愛し合っていたんだ。
二人きりでの旅行も計画していたんだ。将来のことだっていっぱい話し合おうって。
絶対に許さない」
男がゆっくり近づいてきた。
俺はうつむきながらも相手を見据えて口を開いた。
「許さなくて構わない。
許せなくて当然だ。
しかし復讐なんて形で納得できるのか。
わざわざ罪を被る必要は無いだろ」
「小僧に愛する人を失った者の気持ちが分かるのか。
いっぱしな口を利くな」
男の歩みは止まらないので再度忠告した。
「あなたがやろうとしてるのは正義じゃない。ただの逆恨みだ」
「だまれぇ!」
俺は首を絞められていた。
「復讐なんて大それたものじゃないんだよ小僧。
こうでもしないと爆発してしまいそうなくらい我々は追い詰められているんだ」
両手の握力が弱まることはない。
息ができない。
意識が朦朧とする。
ただでさえ血が足りてない状況でこれはまずい。
俺の力による説得では止まらなかった。
これだけは使うまいと考えていたが、止むを得ない。
俺は左手に握り締めていたスイッチを押した。
これが合図。
ベッドの下やロッカーの中で待機していた俺の下僕達が一斉に飛び出してくる。
数で押さえつける。俺を縛る両手を引き剥がし、男を拘束する。
ものの十四秒。
これで形勢逆転である。
「人はいつか死ぬ。
あれは事故なんだ。
グローブマン社も手助けしている。
人は苦しみや悲しみを乗り越えて生きていかなくちゃいけないんだ」
なんてことは立場上、口が裂けても言えない。
俺は凄くありきたりな言葉だけかけて帰らせた。
しばらくは俺達を襲うことがないようにとも伝えて。
行き場の無い虚しさがいっぱい残った。
俺の力は苦しんでいる人一人救えないのか。
力でねじ伏せて、俺の主張を押し付けることしかできない。