1.風人→風神
親の力を借りて入学した高校。
目的は一つ。
俺は兄を超える。
1.風人→風神
「ひさしぶりだな、トム」
入学式早々、ナギに呼び止められた。
我が兄は二年生でありながら、この学校の生徒会副会長の座についている。
成績優秀で人望も厚く、女子生徒や教師達からの人気も高い。
俺は昔から兄が嫌いだった。
ナギは自分のことを神様か何かだと思っている。
出来ないことは何も無いという風にいつも自信に満ち溢れている。
そして常に結果を出してきていた。
隣で比較され続けてきた俺は、みじめだった。
「トムがこの高校に受かるとは思ってなかったよ。勉強がんばったんだな」
にこやかに笑みを浮かべた顔がまた腹立たしいので、俺は嫌味たっぷりにこう返した。
「親の会社と提携してる私立高校だ。バカでも入学できるよ」
「そうそう、俺たちはバカ兄弟だ。親の威光は輝いてる時に使わないとな」
…口喧嘩で勝てる相手じゃない。
俺は本当のバカだけど、ナギは違うんだから。
遠くからナギを呼ぶ声が聞こえる。
金髪、そして巨乳というのが素直な第一印象の女子生徒だった。
一枚のプリント用紙を眺めながら二三応答した後に去っていった。
「何を話してたか気になるか?」
俺は無言で答えた。
ゴホンと咳払いをしてからナギが言う。
「教えてやるさ。入学式で執り行う新入生歓迎セレモニーの打ち合わせだ」
クッと親指を立てた方角に「ハリケーン」が見える。
ここで言うハリケーンとは台風のことではない。
父の会社が開発した単独騎乗用戦闘兵器「ハリケーン」。
先の大戦で、戦場を風のように駆け抜けたことからこの名が付けられた。
学校に置いてあるものは戦闘機能を排除した低スペック機だが、時速40kmで走る鉄の塊だから危険である点は否めない。
「だからメンテナンスも兼ねたテスト運転をしてる最中なんだ。万一入学式で暴走でもしたら一大事だからな」
計5機のハリケーンがゆるゆると動いているのが見える中、黒い煙を吐きながらぐるぐる回っているハリケーンが一機。
豆粒ほどの大きさに見えていた5機だが、その機体だけは握り拳大の大きさに見える。
つまり接近してきているのだ。
俺は素直に感想を口にした。
「今まさに暴走してんじゃねーのか?」
その通り、ハリケーンの一機が暴走していた。
騎乗者の操作ミスか機体のアクシデントかは分からないが、時速40kmで走る鉄の塊が俺とナギ目掛けて接近している。
とにかく避けなくてはならない。
しかし予想外、俺の後ろでは先ほどの女子生徒が腰を抜かして座り込んでいる。
俺が避けたらこの子は――
「力を得よ」
俺とナギの兄弟は、父のこの言葉を聞いて生きてきた。
父は一代で世界有数の大企業を築き上げる力を持っていた。
兄は知力と、人を意のままに動かせる力を持っていた。
そして本当のバカだった俺はバカ正直に腕力を鍛えた。
走馬灯、そして正拳一撃。
ハリケーンの装甲は破損した。俺の拳も砕けた。
俺の拳は砕けたが、暴走していたハリケーンは止まってくれた。
女子生徒も無事だ。かすり傷一つない。
金属の塊を拳一つで止める男。
それがこの俺、トム・グローブマン。
才能満ち溢れる我が兄ですら持ち得ない最強の力だ。
俺はこの力で兄を超えてみせる。
眉一つ動かさず傍観していた兄を見つめ、俺は静かに決意を固めた。