王太子殿下と公爵家嫡男のお気に入り
目を覚ますと、見慣れぬ天井が見えた。
広い寝台に横たわったまま、ゆっくりと首を巡らせると、枕元の椅子に腰掛けている人影が見えた。
「お父様…?」
難しい顔をしたお父様が振り返ると同時に、部屋の四方から、ガタガタと物音が響く。
「「「マリー‼︎」」」
「お母様」
お父様の後ろから駆け寄ってきたのは、シンプルなドレスを着たお母様だ。
装飾も少なめで、髪型もシンプルな様子を見ると、私が倒れたと聞いて、すぐに駆けつけてきて下さったに違いない。
お父様はこの王宮に勤めているから、朝出仕した時の服装だ。
首を巡らすと、寝台の反対側の椅子に腰掛けていただろうグラン兄様と、足元にはセディ兄様が居た。
私は少し目を見開いて、
「グラン兄様まで」
グラン兄様に会うのは半年ぶりになるだろうか。この所、私が頻回に王宮へ呼び出されている為に、グラン兄様の居る辺境伯領へ遊びに行く暇がなかったのだ。
「私、そんなに寝てましたか?」
グラン兄様の住む北の辺境伯領から王宮まで、馬車で2週間はかかる。転移の魔法陣を使っても、王都には防衛の為に直接乗り入れる事は出来ない。手続きなども含めて最低2日は要するはずだ。
私が倒れたと聞いてから来たなら、最低でも2日は寝込んで居た事になる。
「いや、ここ半年程も顔を見ていなかったから、たまたまマリーに会いに来た所だったんだ」
私の頬を優しく撫でながら、グラン兄様は綺麗なアイスブルーの瞳を細めた。
「それで、マリー、何があったんだい?」
お父様の声に、ゆっくりと起き上がる。
グラン兄様が、優しく身体を起こすのを手伝ってくれた。セディ兄様が長椅子からクッションを持ってきてくれ、背中とベットの背もたれの間に差し込んでくれる。
私は2人に小さく微笑んで、お父様に向き直る。
「王宮の説明は何と?」
「茶会の最中に体調を崩し、この部屋で休ませた。侍医が診察したところ、令嬢はもともと体が弱いのが原因だろう。しばらく王宮にて静養して行くが良かろう、との説明があった」
「「「「………体が弱い」」」」
そんな事実は無いが、王宮に呼ばれる度に体調を崩しているのは確かだ。
「また、人間関係のストレスもあるようだ、とも」
私はアデリア公爵家の長女で、この国で1、2を争う歴史も権威もある2大公爵家の内の由緒正しき家柄のたった1人の娘だ。そんな私に嫌がらせをする令嬢が後を絶たない。それは王宮に出入りする誰もが知る所だ。
「ケネリー公爵家の嫡男のダリウス様と、王太子のマクスウェル様のお気に入りも大変だな」
私が王宮に何度も何度も呼び出されているのは、この2人によるものだ。用事があるから、頻回には難しいとやんわり断っても、王太子の呼び出しを無碍には出来ず、今の苦境に立たされている。
「2人とも、お前をお気に入りだと公言し、連れ回しておいて、嫌がらせから守りもしないとは、いったいどういうつもりなのだろうな」
セディ兄様が不満を漏らすのを聞きながら、私はギュッと手を握った。
意を決して、顔を上げると、私を心配して覗き込んでいる4人の顔を見回した。
「お父様、お母様、セディ兄様、グラン兄様、私の話を聞いてくれますか?」
数日後、私は王宮の庭園の奥にある池の辺りで、数人の令嬢達に囲まれていた。
中央に立つのはアレンダー侯爵令嬢。歳は17歳で、確かダリウス様とマクスウェル様と同じ歳だったはず。その取り巻きの令嬢達は伯爵令嬢ばかりだ。王宮の一般公開されていない奥宮や庭園に上がる事が出来るのが、伯爵以上の王位貴族だからだ。
そんな彼女らに、無理矢理手を掴まれ、背を押されてここへ連れて来られたのだ。
「アレンダー侯爵令嬢、これは何の真似でしょうか?」
私が小首を傾げて問うと、令嬢達は意地の悪い笑みを浮かべた。
「あなた、マクスウェル様やダリウス様の迷惑になっているのがわからなくて?」
「優しいお2人が突き放せないのを良いことに、しつこく付き纏ったりして、幼いからといって許されるとお思い?」
私は来月デビュタントを控える14歳だ。幼いという程でもないが、貶める為の言葉選びだろう。そう言う彼女らだって、15.6歳なのだから、年齢差はほぼないに等しい。
「まあ、私、付き纏ったりしてませんわ。こちらに伺うのだって、お2人から招待状が届くからですもの」
私が令嬢達の言葉を否定すると、アレンダー侯爵令嬢が、クイっと顎を上げた。
やっちまいな、のポーズだ。
それを受けて、2人の令嬢がわざとよろめいたふりをして、体当たりしてきた。
「きゃあ!」
大きな水音を立てて、私は池に落ちた。
ドレスが水を吸い、重くなっていく。
体がどんどんと、水底へ引き摺り込まれるように沈んでいく。
そんな私を見て、令嬢達は笑っていた。
「何をしている!」
怒鳴り声と、令嬢達の慌てて言い訳を始める声、それから、大きな水音が聞こえた。
沈む私の腕に、温かい手が触れた。
横たわる私の両脇に、人の気配がする。
ベットが柔らかく沈み込む。
「アレンダー侯爵令嬢は、上手くやったかな?」
「どうだろう?侍医によれば、今日中には目覚めるだろうって事だったから、失敗だよね」
「北の辺境伯令息に見つかったとか。タイミング悪いよね」
「いや、助かるのが遅ければ溺死していたと言うから、やり過ぎだろう。加減が難しいよね」
「次はどうする?」
「やっぱり毒かな。侍医から貰った毒を、今までも少しづつ盛っていたのだから、これを続けよう」
「ああ、待ち遠しいな。早く物言わぬ、僕達だけの人形になっておくれ、ローズ」
「半年もかけたんだ、あと少しだよ。あと少しで、僕達の望みはローズが叶えてくれる…」
目を閉じて寝たふりをしながら、2人の会話を聞いて肌が粟立つ。
ローズと呼ぶのは2人だけ。
家族や親しい令嬢達は皆、私の事をマリーと呼ぶ。
私の予想は当たっていたけど、怖くない訳ではないのだ。
私は必死に呼吸を乱さない事だけに集中して、2人が部屋を出て行くまでの時間を耐えていたのだった。
数日して私が起き上がれるようになると、マクスウェル様とダリウス様が部屋までお見舞いに来て下さった。
3人がけのソファに2人が腰掛け、私は2人に手を引かれるまま、2人の間に腰掛けた。
テーブルには紅茶と、お菓子の皿がいくつも並べられる。バターやクリームがたっぷり乗った、見た目も華やかなお菓子達だ。
「さあ、ローズお食べ」
ダリウス様が私の顔を自分の方に向けさせ、切り分けたケーキをフォークに刺して、私の口元へ運ぶ。
そのタイミングで、お茶を用意していた侍女達は、静かに部屋を出て行った。
今度は反対側からマクスウェル様が紅茶をソーサーごと差し出して、私に勧める。片手で差し出されたそれを両手で受け取り、カップの中に視線を落とす。
じっと見ていると
「どうしたの?砂糖やミルクを足す?」
マクスウェル様の言葉に首を振って、カップに口をつける。
私の背後で衣擦れの音がするが、気にせず魔法に集中する。
この世界の人達、特に貴族はもともと色々な魔法を使えるが、単純な使い方しか出来ない。火や水を出したり、その威力を調整する程度だ。だが、私は1度目に倒れた時に、おそらく死を体験したのだと思う。神の御許に行き、魔法はもっと自由であると諭され、もとの体に戻されたのだ。
私は紅茶を飲み干すふりをして、中身をイベントリに流し込む。テーブルの上のお菓子は異常がなかったので、そのままにした。あとは、マクスウェル様のポケットの中。
触れられない場所にある物をイベントリに入れるのは、まだ慣れない。
微かな音を立ててソーサーをテーブルに戻すと、2人は私の顔を覗き込んだ。
「さあ、また少し横になった方が良いね」
「使用人を呼んで片付けさせよう」
ベルが鳴らされ、テーブルの上がサッと片される。
まるで紅茶を飲ませる為だけに来たようだ。
いや、まるでではない。実際に、そうなのだろう。
2人にベットへ押し込まれる。
「じゃあ、また来るよ」
優しく言いながら、ドアの側に立つ侍女に目配せをしている。
「ローズを頼むよ」
言葉だけ聞くなら、まるで私の事を心配しているようだった。
さて。
侍女は何を指示されたのだろうか。
確かめる為には、寝たふりをするのが1番だろう。
換気の為に開けていた窓にかかるカーテンが、微かに揺れた。
ぼんやりとそれを見ながら、私は目を閉じた。
ぺとりと濡れた布が顔に乗せられた。
顔を動かすと、上から押さえつけられた。
直接的すぎる!
てか、力強!
その手を掴むが、構わず、更に力を込められた。
「んんん〜‼︎」
こもった声と、どさりと人が倒れ込む音がした。
濡れた布をぺらりと持ち上げて見ると、カーテン裏から出たグラン兄様が気絶させた侍女を拘束し、肩に担ぎ上げた所だった。
こくりと頷き合う。
私はまた、濡れた布を元の位置に戻した。
ガチャリ、とドアが開く音がした。
「ローズ?」
「おや、あの侍女が居ないぞ?ちゃんとやったのか?」
ドアが閉まる音がして、2人が入って来る足音がする。
すぐに濡れた布がぺらりと捲られる。
「死んでないよな?」
「殺すなとは言ってある」
2人が覗き込んでくる。
微かに息のある私に、2人は安堵したような息を吐いた。
「良かった、死んではいない」
「後は、目を覚まさなくなっていれば成功だ」
「上手いこと人形になってくれていれば良いが」
「ちゃんと人形になって、僕達の為に役立ってね、ローズ」
ベットが沈み込み、衣擦れの音が続く。
「僕達がここで逢瀬を繰り返しても、不自然じゃない理由になってね」
私とお父様、お母様、セディ兄様、グラン兄様と、国王陛下が一室に集まっていた。
「王太子殿下とケネリー公爵家嫡男は2人で共謀し、我が娘ローズマリーに毒を数回に渡り盛り、侯爵令嬢や伯爵令嬢達を唆し池に落とし、侍女に命じて窒息させ、物言わぬ人形に仕立てようとされました。証拠も証言もございます」
国王陛下はお父様の言葉に目を見開いた。
「何を言い出すのか、アデリア公爵。マクスウェルはローズマリーをとても気に入っている。それを害すなど」
「証拠映像がございます。ご覧入れましょう」
その言葉に、私は首飾り、ブレスレット、髪飾りを外す。そこに付いている宝石が、映像記録の魔道具になっているのだ。
私が初めて毒に倒れた時に、皆に相談し、そこから映像記録を始めたのだ。
最初から違和感はあった。
私を頻回に呼び出し、お気に入りだと公言しているのに、多数の令嬢達が私を虐め始めたのだ。私はこの国で、1番高貴な未婚の令嬢だ。しかも王太子殿下やケネリー公爵家嫡男が気に入っている令嬢を害すなど、命知らずもいい所だ。なのに、そんな令嬢が後を絶たないと言うことは、我がアデリア公爵家より、高貴な方の思惑がある事を意味するのではないか。
何より、その2人の視線は、決して甘いものではなかった。口調は優しいし、仕草も優しく見せてはいるが、背筋が寒くなるのだ。まるで、獲物を見るような、とても冷たい目だった。
池に落ちた時。
2人が見舞いに来た時。
侍女に襲われた時。
その後、確認に来た時。
映像記録に映る三方向からの映像や音声。
そこには全てが写っていた。
ダリウス様に何事か声をかけられたアレンダー侯爵令嬢とその取り巻きが何をしたのか。
お見舞いと称しながら、マクスウェル様が私の紅茶に水薬を数滴落とすのも。その私の後ろで、2人が手を繋ぎ、口付けを交わす姿も。
侍女に指示を出し、その後侍女の行動も。
侍女の成果を確認に来て、私の横たわるベットで、かなり濃厚に2人が愛を交わす姿も。
全て余さず国王陛下はご覧になった。
そして拘束された令嬢達や侍女の証言と、私が提出したマクスウェル様のポケットから頂戴した水薬の瓶と、それを入れた紅茶。
2人は私達家族や国王陛下には、私を気に入りだと話し、陰で押し付けられた不本意な婚約者で、誰か穏便にどうにかしてくれないかな、死ぬのは困るけど、と、あちこちで精力的にこぼしていた。
そう、王宮で、我が国の1番高貴な未婚の令嬢が害され、2度と目覚めなくなった。責任を感じた王族は、彼女を王宮で一生面倒をみる。そして、自分達が気に入ったが為に不幸になった令嬢を、心優しき2人は足繁く見舞うのだ。しばらく3人にしてくれ、と使用人を排して。
つまり、2人が頻繁に逢瀬を重ねる為の道具にされる所だった訳だ。
国王陛下はようやく理解に及ぶと、長い時間目を伏せた後、私に深々と頭を下げた。
マクスウェル様とダリウス様は廃嫡となり、王家所領の南の海に浮かぶ別荘を与えられ、そこで2人で暮らすようだ。
私に謝罪を、との言葉があったようだが、お父様がキッパリと拒否して下さった。
私も2度と会いたくなかったので、ホッとしている。
そもそもだ。
私にはお慕いしている方が居るのに、とっても迷惑な話しだった。私が付き纏っているように言われるのも、王太子の身分を振り翳し王宮に留め置かれるのも、心底嫌だった。
「マリー」
「グラン兄様」
グラン兄様は従兄弟だ。私のお母様と、グラン兄様のお母様が姉妹なのだ。それで、子供の頃から交流がある。
グラン兄様は私の手を握り
「来月のデビュタントは、俺にエスコートさせてくれるね?」
「あっ、ずる!俺がエスコートするんだよね、マリー」
セディ兄様が私達の繋いだ手を引き剥がす。
「いいや、お父様のエスコートが良いよね?」
お父様が参戦してくる。
私はグラン兄様を見上げながら、
「私を婚約者にしてくれるなら、グラン兄様にエスコートさせてあげる」
にっこり笑うと、セディ兄様とお父様の叫び声があがった。
もう一度、グラン兄様は私の手をとり、そっとキスを落とした。
「喜んで」
拙い文章ですが、読んで頂いてありがとうございました。




