無能王女として追放されたら完全個室が与えられました~前世廃人ゲーマー、異世界をシステム管理します~
その宣告は、まるで帝国布告のように、冷酷に、そして救いなく玉座の間に響き渡った。
「ロマリア大帝国属国、ガエタ・ニグラ王国第三王女【アネット】。先に執り行われた《神恩顕現の儀》の結果、其方には――いかなる神恩も宿っていないことが確認された」
白大理石の玉座の間。
金箔を施した円天井の下、重苦しい沈黙を切り裂くのは、国王の声のみ。
それは慈悲を失った神官の宣告のように、反響していた。
冷たい床に膝をつくのは、本日六歳を迎えたばかりの少女――アネット。
周囲を取り囲む元老院貴族、近衛騎士、そして異母姉たちの視線は、刃のように鋭い。
好奇、嘲笑、侮蔑。
――そして「見世物を見る目」。
だが、誰も知らなかった。
うつむく幼い皇女の内側で、今まさに**二十五年分の“前世の記憶”**が、禁書庫の書架が崩れるように流れ込んでいることを。
(……あ、これ……)
アネットの意識が、強制的に“接続”される。
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かつての世界。
東方の島国。地方都市。
六畳一間の石造りならぬ、ワンルーム。
遮光のため常に閉じられた窓。
学問にも職にも就かず、情報網と共に生きた日々。
昼夜は逆転し、
主食は即席の糧食と冷凍保存の穀飯。
身体を動かすのは、推し英雄の召喚演出に拳を握る時だけ。
大規模仮想戦争(MMORPG)、
携帯端末の賭博的遊戯、
独立制作の遊戯、積み上げられた未着手の遊戯。
夜は二次創作。
禁断の組み合わせ。成人指定。考察文。
「公式こそ最大手」という教義を信奉しつつ、
公式に殴られると即死する情緒。
外に出ず、人と交わらず。
だが――世界設定だけは誰よりも理解していた。
数値。技能樹。強化と弱体。
世界はすべて、システムとして把握できると信じていた。
そして、ある日。
大規模更新初日の徹夜明け。
推し組み合わせの供給過多に脳が飽和し、
寝台に倒れ込んだまま――意識は途絶えた。
(二度と、接続できなかった)
(……あー……死んだわ、これ)
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「――よって、アネット。其方を北方離宮アウレリア旧館へ幽閉とする」
国王の声で、意識は現世へ引き戻される。
「王族籍は残すが、待遇は期待するな。北方離宮は老朽化し、寒冷で、食事も余剰分のみ。侍女は一名。外出の自由はない」
元老院席から聞こえる忍び笑い。
北方離宮。
罪人と廃嫡者のための場所。
朽ちた石館。
終わった場所。
誰もが、アネットが泣き崩れると思っていた。
だが。
(……完全個室、引きこもり確定……?)
アネットの肩が、かすかに震え始める。
姉王女の一人が、勝者の余裕で扇を口元に当てた。
しかし――
(神……? いや……運営……?)
アネットの顔は、歓喜で歪んでいた。
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北方離宮アウレリア旧館。
人が来ない。
干渉されない。
静謐。
それは、前世で夢想した理想そのものだった。
屋根がある。
扉に鍵がある。
誰も訪問の鐘を鳴らさない。
(実家より治安いい……)
寒さ?
問題ない。前世では年中外套だった。
食事が質素?
一日一食で十分。
しかも王族の余剰=高級食材。
侍女が一人?
むしろ多い。
(NPC付き個室とか、神運営では……?)
さらに。
「来る日も来る日も学ばせる。遊戯など許されぬと思え」
(強制チュートリアル……しかも無料……?)
アネットの瞳が、星のように輝いた。
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学ぶのは、世界の設計図。
帝国史、魔導理論、貴族階級、租税制度。
すべてが――公式設定資料集。
しかも一次資料。
(公式世界観資料、読み放題……)
涙が零れた。
国王はそれを、絶望の涙だと誤認した。
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「これは罰だ。一生、陽の当たらぬ場所で生きよ」
「ありがとうございます!」
アネットは大理石の床に額を擦りつけた。
「住居提供、食事付き、知識開放。あまりにも神代級の運営です!」
国王と元老院は、言葉を失った。
(……壊れたな)
そう判断され、「無能王女」は静かに隔離され、こうしてアネットの快適すぎる隠遁生活が始まった。
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数年後。
アネットは気づく。
(……これ、帝国運営シミュレーションでは?)
数字が見える。
均衡が分かる。
欠陥が目につく。
離宮の食事が急に粗末になった日、理解した。
(運営の不正……)
厨房で横領を発見。
帳簿=ログ。
不正=粛清案件。
だが、通報はしない。
(粛清すると運営が入れ替わって面倒)
代わりに交渉。
「裏金はこの拠点強化に回してください。私が最適化します」
執事たちは逆らえなかった。
こうして北方離宮は帝国随一の隠れ最適化拠点となる。
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十五歳。
政略婚の打診。
相手は、ロマリア大帝国皇帝――ギャリック。
冷徹。
能力至上主義。
無駄な社交を嫌う独裁者。
(……完全ソロプレイヤー国家……)
即答する。
「参ります」
周囲は悲劇だと嘆いた。
だが、アネットはこう思っていた。
(大型サーバー移籍……!)
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国境要塞。
皇帝ギャリックとの初対面でもアネットは動じない。
彼の手にある作戦書を一瞥し、口を開く。
「この兵站、致命的ですね」
「……何だと?」
「補給線のバランスが崩壊しています。こちらの街道を使えば効率が三割向上します」
皇帝は沈黙し、そして笑った。
「……来い。書類を片付けろ」
「在宅執務は可能ですか?」
「帝国を任せる」
「神」
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こうしてアネットは、引きこもりのまま、世界を最適化しながら帝国最側近となった。
一方、祖国ガエタ・ニグラ王国は崩壊した。
運営を担っていたのが、彼女一人だったからだ。
遠い帝国の執務室でアネットは今日も思う。
(推しカップリング供給が足りないのだけが不満だな……)




