第36話 デート本番
店に入ると、店内は若い女性でごった返している。店員も忙しそうに動き回っていて、私たちに気づいた店員が慌てて駆け寄って来る。
「いらっしゃいませ。ご予約のお名前をお伺いします」
「24名で予約の大河原です!」
「忘年会ですか!? 適当な嘘つくのやめてください!」
「ああ、間違えてしまった。2名で予約の鳥羽です」
「24名で予約の大河原様ですね。お座敷へどうぞ」
「店員さん乗らないでください! なんで座敷あるんですか!」
たまたまキャンセルが出てさっき予約できたが、これで予約が取れてなかったら地獄だったな。橋田のことだから解散とか言い出しかねない。
ま、とりあえず入れたことだし! 橋田との時間を楽しむとするか!
店員に案内されたのは、景色がよく見える窓際の席。おお、ムードがあっていいじゃないか! カップルみたいだな! ……カップルか。そう思うと緊張してきたぞ! 橋田といると緊張するのはいつものことだが、テンパって変なことを口走ってしまいそうだ。
「見ろ橋田! 景色がよく見えるぞ! ここからなら私の家の玄関にあるスズメバチの巣もよく見えるな!」
「呑気してないで早く駆除してください! よく刺されないで出て来られましたね!?」
「そりゃあそうだ! スズメバチは私アレルギーだからな!」
「総じてですか!? むしろスズメバチより危険そうですが!?」
「スズメバチが私に近づくと、『もっとかっこいい名前にして欲しかった』と断末魔を上げながら死んでいくんだ!」
「ジャ〇ーズみたいな悩み! いや確かにスズメって弱そうな名前ですけども!」
いつも通りキレキレの橋田。この会話を、ずっと隣でできたらいいのになあ。おっと、ぼーっとしてる場合じゃない! せっかく人気店に来たんだし、パンケーキのメニューを見ないとな!
「色んなパンケーキがあるな! アイスが乗ってたりクリームが乗ってたり、調子に乗ってたり!」
「どんなパンケーキですか! 話しかけてくるんですか!?」
「そうだな! 『パンケーキってだけで君たち僕ちんのこと食べに来たんでしょ? 超ミーハーじゃーん! ミーハーって漢字で書いたら魅入葉亜?』とか言うんじゃないか?」
「めちゃくちゃ調子に乗ってますねそのパンケーキ!? 他にも色々乗ってるのがあるんですか?」
「あるぞ! トンカツや海鮮、納豆なんかだな!」
「全部米のトッピング! パンケーキらしいの無いんですか!」
「あとカッパ巻き」
「あるんですね!? そんな気はしてましたけど!」
やっぱり変なことを言ってしまってるな……。だがもうこうなったら私は止められない。自分が1番分かってるんだ。ボケるのをやめるのは諦めよう。
話しながらページを捲っていると、1つのパンケーキに目が止まる。よし、これにするか! こういうのはフィーリングが大事だからな!
「よし! 私は決めたぞ! 橋田はどうだ?」
「俺は甘いのがあまり好きではないので、この目玉焼きが乗ってるパンケーキにします」
「おおそうか! 目玉刺しのやつだな?」
「目玉焼きです! なんですかそのグロテスクな刺身は!」
「よし、じゃあ店員さんを呼ぶぞ! 私はここにいるぞおおおお!」
「遭難した時の呼び方! ちょっと、恥ずかしいから大騒ぎしないでください!」
「今助けに行くぞおおおおお!」
「店員さんも乗らないでもらえますか!? なんでさっきからノリいいんですか!」
テンパって変なことを言ってしまってるが、店員のノリが良くて助かってるな。橋田のツッコミが分散されている。このまま頼むぞ、店員!
ハンディを持って私たちの席へやって来た店員は、真面目な顔で口を開く。
「カリフォルニアロールでよろしいですか?」
「良くないです! アメリカの寿司屋じゃないんですから!」
「じゃあカリフォルニアロールと……」
「部長も頼まない! パンケーキですよね!?」
「ああそうだったな。この坦々麺トッピングのパンケーキをひとつと……」
「えげつないの選びましたね!? どうやって乗ってるんですかそれ!」
「あとこの目玉焼きトッピングのパンケーキをひとつお願いします」
「かしこまりました。ご注文ひっくり返します。きーけんぱのぐんぴっとんめんたんた」
「繰り返してもらえますか!? なんでひっくり返したんですか!」
「ああ失礼いたしました。坦々麺トッピングのパンケーキと、目玉焼きトッピングのパンケーキがおひとつずつですね。ビニール袋を5円でお付けできますが」
「スーパーか! 要らないです!」
「かしこまりました。お作りいたしますので少々お待ちください」
店員が私よりボケるから、私のボケが目立たなくて済んでるな。このまま良い印象を残せればありがたいんだが……。
店員が去ってしまうと、当たり前だが橋田と2人きりの空間。ここで黙ってても仕方ないから、とりあえず話しかけないと!
「楽しみだな橋田! 私はパンケーキを食べるのが久しぶr」
「お待たせしました。坦々麺トッピングと目玉焼きトッピングです」
「牛丼屋のスピード! え、そんな早くできるんですか!?」
「当店は早い、高い、無駄に喋りが長いをモットーにしておりますので」
「余計なのが2つありますが!?」
「ではごゆっくりどうぞ」
むう、もう少し橋田との会話を楽しみたかったが……。まあ来たものは仕方ない。パンケーキを楽しもう!
「おお! これは美味そうだな! パンケーキの上に丼ごと坦々麺が乗っているぞ!」
「それ乗せる意味ありましたか!? まあそれでいいならもういいです」
「ところで橋田、最近会社ではどうなんだ? 昇進したいとか横領したいとか無いのか?」
「後者はあっちゃダメでしょう! 犯罪ですよ!?」
「ああ、じゃあハシレンジャーの装備を横領しようとかそういうのか?」
「そっちも無いです! 日本の法律だとギリ裁けなさそうですけど! 考えてないですそんなこと!」
「それより橋田、栞とのお見合いは結局どうだったんだ?」
「どうって……。そりゃ元カノとのお見合いなんて、何も起きませんよ。ただ昔の話を少しして、あと……」
「ちなみに橋田はゴッホのフルネームを暗記してるか? してないなら今すぐ覚えた方がいいぞ!」
「なんでですか! せめてピカソじゃないんですか!? そう言う鳥羽部長は暗記してるんですか!?」
「もちろんだ! フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホだろう?」
「暗記してた! ネタでピカソのフルネームを覚えてる人は見たことありますが、その延長でゴッホも覚えてる人は見たことありませんよ!?」
そんなことを話しているうちに、パンケーキを食べ終わってしまった。ああ、本当は栞とのお見合いについてもっと聞きたかったんだが、ビビってしまったな……。
まあ仕方ない、楽しく時間を過ごせたから良しとしよう!
「いやあ、美味かったな橋田! 私はちょっと放尿してくるぞ!」
「お花摘みとか言い換えてください! なんでそんなストレートなんですか!」
お手洗いに向かって歩いていると、小さく橋田の声が聞こえた。見ると、店員を呼んで会計をしてくれてるようだ。橋田……! できる男だ!
橋田に思いを馳せながら放尿し、席に戻る。何食わぬ顔で座っている橋田が、やけに愛おしく思えるな。
「橋田、まさか払ってくれたのか?」
「ええ、こういう時は男が出すものですから」
「そんな気を遣わなくても良かったのに……。だがありがとう! 私も何か奢ろうじゃないか! クマのガラス細工とか」
「木彫りですらないんですか!? いえいいんです。俺が払いたかっただけなので」
「そうか……? ならお言葉に甘えてしまおうかな! お言葉〜、なでなでして〜?」
「言葉通りに受け取る人初めて見ましたよ!? いいから行きましょう!」
あわよくばそのまま流れでなでなでしてもらえるかと思ったが、そう上手くはいかないようだ。
橋田に引っ張られて店の外に出ると、そこには長蛇の列。今日予約を取れたのは、本当に運が良かったみたいだな。改めて橋田にお礼を言おう。
「橋田、今日はありがとう! また私と出かけてくれるか?」
「俺で良ければ……。でもあまり変な店に連れて行かないでくださいね?」
「任せておけ! 次はカリフォルニアロール定食を出すイタリアン居酒屋に行こう!」
「今言ったこと聞いてました?」
良し! ……良し! 次に会う約束も取り付けたぞ! 頑張った! 偉いぞ私! さあて、次はどこに行こうかな? 橋田が喜びそうなところと言えば……どこだ? 税務署とかかな?
次のデートプランを考えていると、私の思考を邪魔するかのようにハシレチェンジャーに通信が入った。ああもう! なんでこのタイミングなんだ!




