第2話 橋田碧との出会い
経理部に、新入社員が来る。そんな噂を聞いた私は、いつに無くワクワクしていた。
経理部に新入社員なんて珍しいし、しかもかなり真面目そうな男らしい。私の跡を継いで経理部長になってくれそうな素材だ! 期待できるぞ!
そんなことを考えながら仕事に行く準備をしていたら、いつもより2時間も早くオフィスに着いてしまった。2時間……。何をしようか。とりあえずノートパソコンでもデコろう。
私はギャルだからな。化け猫クラスに長いネイルも、ノートパソコンをデコることも許容されている。ギャルだから。あと経理部長だから。権力は正義だからな!
ということでノートパソコンに水晶玉を貼り付けようと四苦八苦していると、あっという間に始業時間になってしまった。結局水晶玉は付けられなかったな……。またリベンジしよう。
一旦水晶玉をデスクの引き出しにしまっていると、にわかにオフィスが賑わい出す。お、来たな?
入口の方へ目を向けると、艶のある黒髪をセンターパートにセットした若い男が、青いスーツを着て立っていた。噂の新入社員はあれだな? イケメンだな……。キリッとした顔つきで、仕事ができそうな雰囲気。それでいてセンターパートにセットした髪が固すぎる雰囲気を少し柔らかにしており、韓国の俳優のような佇まいだ。
新入社員くんは私を見つけると、何故かハッとしたような顔になる。何だ? 私に運命でも感じてしまったか? 自分で言うのも何だが、私は美人だからな。毎日ピンクのスーツに長いネイルは上から少し派手すぎるとも言われているが。新入社員くんはギャルがタイプなのかもしれないな。
ボーッとしてしまっている新入社員くん。あれはダメだな。私から行ってやろう。
高いヒールでコツコツと音を響かせ、私は彼の方へ歩いて行ってにっこりと笑って見せた。すると新入社員くんは大きく目を見開いて私の方を見る。
これは脈アリかもしれないぞ! 部下に手を出すのもあれだが、私も長い間彼氏がいないんだ。部下のイケメンが私に見とれているんだ。多少遊んでもバチは当たらないだろう?
……でもあれだな、いざイケメンを前にすると私も緊張してきたな。とりあえず挨拶をしないと……。
「君が今年の新入社員だな! 私は鳥羽桃子! 経理部の部長だ! 私を呼ぶ時は鳥羽部長、もしくは『おい』と呼んでくれ!」
「……なんでですか! そんな亭主関白みたいな呼び方でいいんですか!?」
「おお! 元気がいいな! 君のことは何て呼べばいいんだ? 『おい』か?」
「なんでお互い『おい』で呼び合うんですか! そんな殺伐とした職場嫌ですよ!」
「まあそのことはおいおい話すとしよう!」
「上手いこと言わないでください! ちゃんと名乗らせてもらえますか!?」
待ってくれ、こんなことを言いたかったんじゃないんだ。何がおいおい話すだ。私はまだ彼の名前も知らないんだぞ? 彼だって名乗らせてくれと叫んでいるし。緊張するとふざけて誤魔化すのは、子どもの頃からの悪い癖だな……。
でも、会話のテンポが心地良いな。いいツッコミをしてくれるじゃないか。とりあえず彼の名前が知りたいぞ。
「仕方ない、じゃあ名乗ってくれ! 名前と年齢、担当カラーと特技を教えて欲しい!」
「俺のことをアイドルだと思ってませんか!? なんですか担当カラーとは!?」
「ええ無いのか!? そういうのは用意しておくものだぞ! ちなみに私の担当カラーはビビッドグレーだ!」
「なんでピンクじゃないんですか! ていうかそのくすんでるのか鮮やかなのか分からない色はなんですか!?」
「私が君の担当カラーを決めてやろう! 君は今日から鉄色だ!」
「パッと浮かばないです! いやそんなことはどうでもいいんです! 名乗らせてください!」
しまった……。またふざけてボケてしまった……。なんで私はいつもこうなんだ? 少し異性として意識しただけで、ここまでボケてしまう。こうやってふざけたことばかり言っているから、今までなかなか彼氏ができなかったんじゃないのか? しっかりしろ私!
「じゃあ名乗ってもらおう! 君の名前は何だ?」
「今日から経理部に配属されました、新入社員の橋田碧です。よろしくお願いします」
「そうか! 羽柴は好きなこととか無いのか?」
「誰が秀吉なんですか! 橋田です橋田!」
「ああすまない。橋田、今日からよろしく頼むぞ!」
「不安しか無いですが、よろしくお願いします」
マズい……。マズいぞこれは! 完全に引かれてしまっている! 最初は惹かれてくれていたのに! いや上手いこと言っている場合じゃないんだ。なんとか挽回しないと……。
ちょっと待て、落ち着け私。別に私は本気で橋田を彼氏にしようとしているわけじゃないだろ? とりあえず仕事に支障が出ないように、しっかりコミュニケーションを取っていこう。そうしていたら勝手に緊張も解けていくだろうし。
よし、気合いを入れろ私! まずは橋田に仕事を教えて、上司としての威厳を取り戻すんだ!
ついつい入っていた恋愛モードから気持ちを切り替えた私は、しっかりと橋田に経理の仕事を教えていった。
最初こそ私のギラギラのノートパソコンに引いていた橋田だが、私が仕事を手際良く教えていくうちに、明らかに私を見る目が尊敬を含んだものに変わっていった。あとちょっとだけ安心も入ってそうだな。仕事はちゃんとするんだこの人という安心だな。
なんとか上司としての威厳を少し取り戻した私は、昼休憩に橋田を誘って一緒に昼食を摂ることにした。




