第1話 恋する乙女、鳥羽桃子
私には、想い人がいる。会社の後輩で、且つ部下で、クールを気取っているが可愛いところもある男。
そんな彼のことを想うと、どうしてもテンパってしまって、変なことを口走ってしまうのが、私の悪い癖だ。
「鳥羽部長、領収書のチェックが終わりました。ダブルチェックをお願いします」
「了解だ! 殴るバッグだな?」
「ダブルチェックです! なんで急にサンドバッグ出て来たんですか!」
「ストレス発散にはサンドバッグが最適だからな! どうだ? 橋田もサンドバッグを試してみるか?」
「試さないです! まず会社にサンドバッグを持って来ないでください!」
「ああいや違うぞ? 橋田がサンドバッグになるんだ」
「絶対やめてくださいね!? 会社で人をサンドバッグにしないでください!」
「ちょっと待てよ? そう言えばサンドバッグは中身が砂だからサンドバッグなんだな。てことは橋田の中身は餡子だから、餡子バッグか」
「誰の中身が餡子なんですか! 俺はあんぱんじゃないです!」
「すまない、あんぱんのつもりは無かったんだ。あくまで大福をイメージして」
「どっちでも変わりませんが!? とりあえず俺の中身を餡子にするのはやめてください!」
「なら君の中身はなんだ? ずんだ餡か?」
「餡から離れられます!?」
……こんな具合にだ。やれやれと首を振りながら去って行く彼の背中を見ながら、私は頭を抱える。
なんで私は彼と話すとボケてしまうんだろう? これでも私はこの会社の経理部長。しかもまだ28歳だ。まだボケ始める年齢でもないはずなんだが……。
こんなことを言うとまた橋田に『そのボケるじゃないと思いますけど!?』とか言われるんだろうな。彼のクールな表情からは考えられない鋭いツッコミと、そんな彼が時々見せるデレ。そこに私は惚れたんだ。
4つも下の部下を好きになるなんて、上司としてあってはならないことだと思う。でも、私の想いは止められないんだ! まるで夜中に食べ始めたトルティーヤチップスのように!
……今のは少し例えが悪かったな。トルティーヤチップスじゃなくポテトチップスの方が伝わりやすかっただろうか。
まあとにかく、私は彼への想いをいつか成就させることを密かに企みながら、今日も仕事をするんだ。経理という地味な仕事ではあるが、この年齢で経理部長に抜擢されたんだ。しっかり仕事もしないとな。ついでに橋田への想いも実ればいいが……。それは妄想でも済む話。私はとにかく、仕事を頑張らないと。この会社を大きくするためにも、できることはやらないといけないからな!
そんなことを考えながらパソコンのキーボードを叩いていると、また橋田がやって来た。
「鳥羽部長、そろそろ昼休憩の時間ですよ。まだ仕事するんですか?」
「ああ、もうそんな時間か。ならランチにでも行くか! 橋田、寿司か海鮮丼のどっちがいい?」
「ほぼ同じじゃないですか! 内容物変わらないですよ!」
「私はどちらかと言えばチキンジャンバラヤの気分なんだが」
「ならなんで海鮮の2択出してきたんですか! チキン食べてくださいよ!」
「だが橋田、チキンを食べると歯に挟まるだろ? あれをなんとかできないことには、私はチキンを食べることはできないんだ」
「歯磨きすればいいでしょう!? あとジャンバラヤに入っているチキンが歯に挟まるなって思ったこと無いですが!?」
「そうか……橋田はすきっ歯か……」
「違います! 失礼ですね!?」
「だがニワトリが1羽まるまる歯の間に入るんだろう?」
「もしかしてチキンってニワトリ1羽の話してました!? だとしたらランチに食べるものじゃないと思いますが!?」
「橋田はランチにニワトリ1羽を食べないのか? 私はよく踊り食いしてるぞ」
「どこの民族出身かだけ教えてもらってもいいですか!?」
「窓際族だ」
「そうなんですか!? 部長って最初から仕事できた人だと思ってましたよ!?」
まただ……。どうして私は橋田と話すとこんなにアホなことを言ってしまうんだろう。本当に彼は不思議な存在だ。
素直に『彼と話せるのが嬉しい』と言えたらいいんだろうが、私にはそんなことはできない。もっと素直に彼にアピールできたら、どれだけ楽なことか……。
だが私は妄想の中で彼とイチャイチャラブラブな日々を過ごしている。それだけで十分……というか、上司としてはそれに留めておかなくてはならないからな。本当に手を出すなんてことはあってはならない。……でも、橋田と付き合いたいなあ。
「橋田、それで君はサンドイッチとハンバーガーどっちにするんだ?」
「初めて聞いた選択肢ですが!? なんですかそのアメリカの昼食は!」
「たまにはアメリカンなのもいいだろ? 橋田だっていつかはトロントに住むわけだし」
「トロントはカナダです! 勝手に海外移住させないでください!」
「だがトロントはいいぞ? とろーんとしている」
「してないと思いますよ!?」
このテンポ感。これが心地いいんだ。橋田と話している時に感じる心地良さも、私が彼を好きになった理由の1つ。
最近は何故か橋田が今話題の暴走戦隊ハシレンジャーのメンバーだなんて噂もあるが、そんなことより私は橋田が好きなんだ。なんならもし本当に橋田が戦隊のメンバーだとしたら、もっと好きだしな。私は昔からヒーローに憧れがある。橋田がそのヒーローだと言うなら、好感度が上がるだけだ。
思えば最初から橋田には惹かれていたな……。もう橋田も2年目か。初めて会った時のことを思い出すな……。




