1話「冒険者」
◇
「旅を続ける上で必要なのはやはり魔物を倒す武器ではないでしょうか?」
クィンがそう言って案内してくれたのは武器屋だった。
確かに今の俺は丸腰だ。魔王がいると言う事はその配下である魔物も大勢いるに違いない。
武器が必要だ。
「どう言った武器がお好みなのですか?」
「うーん…無難に剣とか?」
「斧なんてどうですか?」
「扱いきれる気がしないからパスで」
「ですが火力はずば抜けていますよ」
「これ重いし逆に振り回されそうなんだが…」
「勇者であるエジルならばきっと余裕です!」
「なんでそんな斧推しなんだ?」
結局、クィンの謎の斧推しに負けて俺は斧を購入した。
流石に勝手に召喚までしておいてお金は自分で何とかしろとは言われず、国からほぼ無制限に支援が出るらしい。
なので一番高くて良い斧とついでに防具も新調した。防具と言ってもがっつり鎧とかではなく、胸当てとかそう言った類の物だ。
「国からお金が支給されるのは助かるな」
「何か欲しいものがあれば遠慮せずに申し上げてくださいね」
「もしもの時を考えて剣も買っておきたいんだが」
「次は道具屋も覗きに行ってみましょうか」
「無視なのか?」
剣に恨みでもあるんだろうか。頑なに剣を買ってくれない。
道具屋へとズンズン歩みを進めるクィンの背中には、有無を言わさぬものがあった。
「…剣は諦めるか」
溜め息を吐き、俺も後に続く。
城下町の街並みは美しく、活気に溢れた人々で賑わっている。
俺の戦いは、この光景を守る為の戦いなんだと改めて気を引き締めさせられる。
「ここが道具屋です」
「随分と広いんだな」
「旅の必需品が豊富に揃ったアセルニア随一のお店ですから!」
「アンタ見ない顔だね」
道具屋に入店し、素人さながらあっちこっち視線を漂わせていると店主らしきお婆さんが声を掛けてきた。
「今日召喚された勇者エジルです」
「やっぱり勇者召喚が成功したと言うのは本当だったか!最近悪い知らせばかりが入るから気が気でなかったんだよ!」
「もう知られてるのか?」
「ツタエ虫です。大切なお知らせは世界中に潜むツタエ虫を通して瞬時に知らされるようになっているのです。恐らくこの町の民ほぼ全員に既に行き届いているかと」
虫の知らせと言うが、鳥じゃなくて虫が知らせてくれるのか。
実態がどうであれ、この規模の城下町に知れ渡るくらい虫が潜んでいると考えるとゾッとする話だ。
「早速旅の支度を整えたいんですけど、何かオススメとかあります?」
「金銭に余裕があるなら魔袋をまず買っておくといい。魔術協会から空間収納の恩恵を受けた旅にはうってつけの物さ」
「空間収納…?」
「近年、魔術協会が勇者召喚に使われた術式を応用して編み出した小さな袋でも多くの荷物が入るようになる魔術ですね。重さも感じず、とにかく便利な道具なので買っておきましょうか」
「頼むよ」
「他にも初めてで勝手が分からないと思うので、初回はわたくしが必要そうな物をまとめて買っておきますね。済むまで店内を見て回ってもらってても大丈夫です」
「助かる。正直色々ありすぎて目が回りそうだよ」
道具の調達はクィンに任せ、俺はふらりと道具屋の中を徘徊する。
商品の前には道具の名前と価格、用途が親切に書かれていて色々と気になる道具が沢山あった。
しばらく経つと、クィンから声が掛かった。
「エジル、お買い物が済みました。お待たせして申し訳ありません」
「気にしないでくれ。任せてしまったのは俺だ、謝る必要なんてない」
「そうですか…分かりました。それで、次はどうしましょう?特に行きたいところがないのであればそろそろご夕食でもいかがですか?」
「おお、いいな。俺もお腹が鳴って仕方がなかったんだ」
◇
結局腹ごしらえが一番最後になってしまったが、今が一番ピークで丁度良かったのかもしれない。
クィンが連れて来てくれたのは町で一番の冒険者酒場だった。
「お城のどんな高級料理よりもここのお料理が一番美味しいんですよ?」
「そうなのか?それは気になるな」
「それに旅に出る前に冒険者登録をしておきたかったですし」
「冒険者登録?」
「はい。冒険者になるとどこの町にでも入れるようになる通行証を兼ねた証明が支給されます。まずこれがないと旅のほとんどが野宿になってしまうので、これも必需品ですね」
確かに外には魔物がいて危険だ。野宿となると見張り等もあって十分に体を休める事は出来ないだろう。
勇者なら顔パスでどうにかならないだろうか。…ならないだろうな、道具屋の店主にも知られてなかったくらいだし。
冒険者酒場に入る以前から既に賑わう声が聞こえていたが、中に入ると思わず耳を塞ぎたくなるくらい冒険者と思われる人々がはしゃいでいた。
肩を組みながら歌ったり、酒を飲んだり。挙句には殴り合いの喧嘩にまで発展したりとしていたが、それでも皆が笑顔で心の底から楽しそうだ。
「…凄いな」
「そうでしょう?わたくしも城の者から危険だから控えるように口うるさく言われているのですが、どうしてもこの雰囲気、光景が愛おしくてお忍びで何度も来るんです」
本当に、そう思っているんだな。
隣で頬を緩ませて笑う彼女からは、言葉通りの想いが汲み取れた。
「では冒険者登録に行きましょうか」
入ってすぐに目に入った酒場のカウンターとは別の受付。どうやらそこで冒険者登録が出来るみたいだ。
「こんばんは!王女様と…見ない顔ですね!今日はどうされたんですか?」
「こんばんは、メアリーさん。今日はこちらの勇者エジルの冒険者登録をしてもらいたくて来ました」
「こちらが例の勇者様ですか!うん…確かに勇者としての風格を感じます。ようこそ、冒険者酒場へ!」
「エジルです。今日はよろしくお願いします」
「早速ですが、冒険者登録をしたいと存じておりますのでこちらの用紙への記入をお願いします!」
「分かりました」
差し出された用紙には名前と出身地、職業とその他の確認事項の欄がある。
名前を書いたところで、筆が止まった。
「出身地、分からないんですけどどうしたらいいですか?」
「普段であれば必然事項の記入が出来ない方の受け入れはしていないのですが、王女様直々の紹介による勇者と言う身分証明があるので不詳で結構です!職業も勇者で大丈夫です!」
「ありがとうございます」
言われた通りに記入を終え、確認事項にも目を通してチェックをする。
書き終わった用紙を受付嬢のメアリーに渡すと、「確認しますね」と数秒ほど用紙と睨めっこしてから大きく頷いた。
「はい、確かに申請承りました!冒険者証の発行まで少しお時間が掛かります!宿泊先がお決まりでしたらそちらへの郵送も可能ですが、どうされますか?」
「丁度これからこちらでお夕食を済ませる予定でしたので、また声を掛けてもらえますか?」
「それでしたらお席の方までお持ちしますね!どうぞごゆっくりと!」
「ありがとうございます」
◇
クィンが見つけた端っこのテーブル席に座り、頼んだ料理を食べながら道具屋で買った物を拝見させてもらう。
まずは空間収納が付与された魔袋だ。見た目はずた袋のようだが、中に色々と入っている割には重さを全く感じさせない。
「この中に道具が入ってるなんて信じられないな」
「空間収納さまさまです」
「だな。他には何が?」
「ツタエ虫を呼ぶのに使うツタエ笛に皮膚を一時的に硬くする硬化水、体が嘘のように軽くなるブットビ草に筋力を補助する力餅、高所に縄の先端の鉤爪を引っ掛けて使用するマキトリ縄、辛い時でも吊り下げて眺めれば楽になれるキメテル坊主、粉ランタンと粉ランタンに入れて軽く振り回すと長時間周囲を照らしてくれる光粉、小さいけれど中は不思議と快適な魔テント、火を起こすのに何度も使える火ゼリー等々です」
「ひとつ余計なのがなかったか?」
「…?」
本気で分からないみたいな顔はやめてくれ。
またもや溜め息を吐きつつ、シチューに使ったトロトロのステーキを切り分けてフォークで口に放り込む。口の中でほどける肉に頬を綻ばせていると、不意にテーブルに広げられた道具の中でひとつだけまだ紹介されていない物があるのに気が付いた。
「ん、待て。その瓶に詰められた蠢くピンクのそれはなんだ?」
「…あっ、これはその………エジルはえっちです…」
「え?俺が悪いのか?」
頬を赤く染めて睨むようにして飛び出した言葉に動揺を隠せない。
何だ?何を買ったんだ?
気になって仕方がないが、これ以上問い詰めると良くない気がしたから下唇を噛み締めて堪える。
これは今晩は眠れないぞ。
「あ、いたいた!エジルさんお待たせしました!冒険者証が発行出来たのでお持ちしました…って、どうされたんですか?」
「…何でもないです。ありがたく受け取らせてもらいます」
とても気まずい雰囲気の中、俺は無事に冒険者登録も夕食を終えて宿舎に向かうのだった。




