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狂い回る歯車 【Ⅰ】

「じゃあ班長がユキで、副は杉林でいいか?」

自分を呼ぶ姫宮(ひめみや)の声にハッとする。折角の教科書を使わない、野外活動の為に設けたLHRの時間だというのに、少しぼんやりしていたらしい。

「ああ、俺は構わない」

「僕も」

“ユキ”と呼ばれた羽生(はにゅう)に続き、仁も了承する。どういった経緯で副班長に推薦されたかは分からないが、先頭立って指示を出したり、責任感というものを強く感じさせられる班長という役を宛がわれるよりはずっとマシだった。性格的にも行動的にも、裏方の方が向いているというのは、自身が一番よく理解している。

視線を感じてそちらを向くと、同じ班の山岡が心配そうにこちらを見つめていた。恐らく先程、仁が鳥羽と一緒にいるところを目撃したからだろう。

大丈夫という意で咄嗟に笑みをつくったが、どうも歪さが抜け切れず、苦みを帯びた表情になってしまう。

仁の不安と困惑を、中学時代から見聞きしている山岡に表面を取り繕っても仕方のないことだが、そうでもしないとまた意識が漠然としてしまいかねなかった。



「俺の班、自由行動の最後に沖塩神社に行くことになったんだ」

「沖塩神社……?」

「マイナーなトコだけど、別名“部活神社”っていって、運動・文化部問わずご利益があるらしい。だから個人の部で良い成績が残せるよう祈っとく」



休み時間に現れた鳥羽との会話を思い出す。いつも以上に声を弾ませて笑っていたのが、どこか引っ掛かった。単に仁の分まで一緒に祈っておくと言いたかったわけではない気がする。

わざわざ自由行動の話を持ちかけたのは、仁の班も最終日にその神社に向かうよう仕向けたかったからなのだろうか。

「そうだ、同じ部の奴に聞いた話なんだが」

最終日の自由行動でどこをどう回ろうかと言い合っていたところで、晴れて班長となった羽生が眼鏡のブリッジを押し上げながら口を開いた。

「部活動の神がいると評判の神社があるらしい。祈れば大会で好成績を残せるとか」

「うっわ、意外!ユキって神も仏も全然信用しない奴だと思ってた!」

姫宮の大袈裟過ぎるほどの驚愕に、眉間に皺を寄せながら羽生は憮然として反論した。

「俺だって祈願ぐらいする。寺院や神社巡りは好きだ」

「年寄りくせぇ。ミキもそう思わん?」

“ミキ”と呼ばれた瀬川(せがわ)は首を左右に振る。

「俺も神社やお寺は好きだよ。絵の課題なんか、よく近所のお寺を題材にしてたし」

「ちぇっ。何だよ、二人して。山岡と杉林は?」

「僕はどっちでもないけど。それよりその神社、行くの?行かないの?」

「え?行くんじゃねーの?」

キョトンとする姫宮に、瀬川も羽生も山岡も苦笑する。仁も真似ようとしたが、考えごとに集中していた所為でぎこちなくなってしまった。

「誰だよ、年寄りくさいって倦厭めいた台詞言ったの」

「だからって神社に行くことに反対したわけじゃないっての」

瀬川に噛み付く姫宮の図は毎度のことだ。それを遠巻きに眺めている羽生に、気になることを訊ねた。

「羽生、その神社って沖塩神社?」

……本当は真相に感付いていたが、どうしても否定の言葉に期待し、そこに寄り掛かりたかった。

「ああ。杉林も“部活神社”のこと、鳥羽に聞いたのか?」

やっぱり、と諦念めいた思いが胸中に広がる。心なしか、口腔にも苦味がはしった。

教室を去ろうとして振り返った鳥羽の表情。愉悦が浮かんだ双眸の意味が、ようやく理解できた。

仁が“部活神社”に関する発言をしなかった場合に備え、部の仲間である羽生に保険を残していたのだ。



完璧たる自由に手が届くとは思ってなかった。例え学校が違えど、電話やメール、いざとなれば家に押しかけるのさえ造作ないのだから。

それでもまさか、秘密裏にしていた麻生学院大付属高校への進学を悟られ、更に合格するなどとは予想だにもしていなかった。

あの合格発表の後、担任にも両親にも再三確認をしたが、誰も第三者に口を割らなかったという。春休み、鳥羽を前にして聞き出そうと何度も試みたが、いざとなると全身が竦み、質問を投げかけることはままならなかった。知って疑問を解消させたい以上に、どうやって調べ上げたのかという経緯を知る方が怖かったからかもしれない。

それでも猫の額程度の救いはあった。

第一にクラスが異なったこと。一組の仁に対し、鳥羽は同じ学年でも一番離れた教室の五組だ。例年八割から九割方の生徒がエスカレーター制で麻生学院大学に進学するとあって、一年次にクラスが決まると留年や転校といったことがない限り、卒業するまでクラスメイトの顔ぶれは変わらないのだ。

それに山岡と同教室になったことも、微かではあったが精神的に心強かった。

……とはいえ同じ校舎内にいるのだから、顔を合わす機会などいつでも作れる。

入学してからというもの、鳥羽は七限ある授業の内一教科、一組にもその曜日に行われる授業の教科書を忘れ、必ず仁の物を借りにやって来た。昼休みには仁の分の手作り弁当とデザートを持って現れ、食事を共にする。部活も仁と同じ囲碁・将棋部に入部し、活動が終われば仁を杉林家まで見送りさえした。このサイクルは入学してから本日まで、一日も欠かすことなく継続中である。

入学からまだ一月余りだというのに、仁は高校生活に絶望を感じていた。



けれども今の状況が序の口に過ぎなかったと知るのは――――まだずっと先のことだ。

補足:“ユキ”=羽生由希(はにゅうゆき)

    “ヒメ”=姫宮郁巳(ひめみやいくみ)

    “ミキ”=世川美紀彦(せがわみきひこ)

     これは蛇足ですが、彼らはクラスメイトからネームトリオと呼ば

     れています(互いを女性的な愛称で呼んでいる為)。

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