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狂気の螺旋 【Ⅴ】

入院している間に剣や園田の口添えがあったのか、はたまた鳥羽からの付き纏いを控えめながらでも拒む姿勢を取り続けた為か、次第に周囲からの軽口や嘲笑は鳴りを潜めていった。向けられる視線も、冷やかしやからかいといったものから一転、同情めいたものとなりつつある。けれども仁や周囲に変化があっても、元凶である彼の行動は相変わらずで、やはり仁の主なストレスの原因となっていた。

登下校、休み時間、体育時の更衣……スキンシップと称して触れ方が段々と性的なものになりつつあるのは、きっと気のせいではない。首筋や脇腹、臀部など、感度が良好なところばかりに触れたがる。不意を付かれて小さく悲鳴を上げれば、これ見よがしに舌舐めずりをするのだ。

それでも鬱憤の溜まる量が激減したのは、捌け口ができたおかげだろう。部活動や帰宅後といった鳥羽から解放される時間に限られるが、山岡と喋る機会が大いに増えた。

しかし――――

「思春期で難しい年頃だしね。自分と一番仲の良い友達が、自分じゃない誰かと仲良く喋っててやきもち妬くってこと、大人でもあるらしいし。鳥羽もいずれ、自制心を覚えるよ」

寛大な面持ちで構えていたらいいと、何度も辛抱強く繰り返されるが、仁を見る鳥羽の目つきは、お気に入りの玩具を取り上げられそうで必死になっているといった、そんな可愛げのあるものとは違う。あれは既に狂気を孕んでいる。

気が付けば、教科書を手に机に向かっていた。中学生活を捨てる覚悟をした瞬間でもあった。

鳥羽の学力がどの程度かは知れないが、授業態度から推測して、下の中――――仁と大差ないレベルだろう。このままでいけば、高校まで同じ学び舎となりかねない。それを回避する為、仁はひたすら勉強した。

県内一の進学校として認知され、市の中心に位置する私立麻生学院大付属高校。さすがに今から目指すには手遅れかもしれないが、それに賭けた。

勉強していると気付かれないよう、学校では授業以外で教科書や参考書を開かなかった。故に、勉強する時間は限られてくる。それでも必死で足掻いた。

最年長学年に上り、かの人物とクラスが離れたことでゆとりが持てたのだろう。休み時間の度に鳥羽は現れたが、干渉時間が短くなった分、精神的に楽になった。その甲斐あってか、一学期の期末試験では九割が解けるまでに実力が付いていた。しかし解答が解っていても敢えて書き込まず、点数はわざと捨てた。惜しいとは思わない。

仁に構ってばかりの鳥羽ではあるが、実は人脈が広かったりする。仁への過剰なる独占欲を除けば、鳥羽恭士は“良い奴”なのだ。迂闊に誰かに点数を見られ、鳥羽に知られる恐れがあるなら、どんな些細な痕跡も残せない。

「なぁ、いいかげんどこの高校受けるか教えろよ」

二学期に入ると毎日のように訊かれたが、仁は答えなかった。鳥羽だけではない。他言されるのを恐れ、クラスの誰にも……山岡にさえ教えていなかった。口を割ったのは、洩らさざるを得なかった両親と担任だけだ。

案の定三人は口を揃えて反対し、最大限の譲歩として他の私立高校を薦めたが、頑としてそれを拒み、麻生学院一つに絞った。その頃にはもう、学力に自信を持てていた。

麻生学院を受けることを知る三人には、当然きつく口止めをしていたので、仁がどの高校を受験するかを知る生徒はいない。

……そのはずだった。



受験結果発表当日。受験番号と同じ数字を掲示板で確認し、安堵の吐息を漏らした。文武両道の名を馳せた進学校に合格できたことも勿論だが、これでやっと、かの人物と距離を置くことができる。それが何よりも一番嬉しかった。

まずは両親に、次に学校へ行って担任に報告しなければいけない。スポーツ推薦で一足先に麻生学院に合格した山岡にも連絡したい。

過去に覚えのないほど、悶えたくなるくらいに胸が弾んでいる。受験が終わったばかりだというのに、入学式が待ち遠しくて仕方がない。

喝采を挙げたいまでの歓喜を噛み締め、受験生の人込みを抜け出したそのときだった。

視線を上げた先に飛び込んできた人物を前に、仁は信じられない面持ちで立ち尽くした。

何故そこにいるのか、理解できなかった。脳と心が目の前の人物を認知するのを拒んだ、という方が正しいのかもしれない。

「その様子だと、合格したんだな」

慈しみを含んだ笑みを浮かべながらも、その双眸は狂気と愉悦で歪んでいた。

先程までの高揚が嘘のように霧散し、それどころか平常心が保てず動揺する自分がいた。まるで気圧の高い山上にいるかのように、呼吸がし辛い。真綿で徐々に首を絞められているみたいだ。

「俺もここに合格したんだ。四月からここに通えるんだな。また仁と一緒に」

耳を疑った。一瞬後には血の気が音を立てて引いていった。今までにない動揺、不安、眩暈が仁を襲う。

信じられない、信じたくないという言葉が胸を反芻し、それでも頭の片隅で、これは現実だと呟かれる。

彼は青褪めた仁に近付きながら一層笑みを深め、上半身を屈めて無邪気に、奈落の底に突き落とす言葉を囁いた。

「逃げても無駄だよ、追いかけるだけだから。ずっと、ずぅっとね」

見えない鎖が首に絡みつき、音を立てるのを、仁は確かに耳にした。

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