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狂宴が幕を開けた 【Ⅲ】

十二月三十一日。一年が終わる最後の日に、仁が暮らす家は麻生南区から麻生東区へと移り変わった。場所は、鳥羽とその両親が住んでいたマンションだ。

一軒家だった杉林家は六年の契約で貸家となっている。残り二年の高校生活、そして四年間の大学生活を考慮して出た年数だ。

貸家となったそこには来月下旬から、地方から出てきた新婚夫婦が住むのだと小耳に挟んだ。見知らぬ他人が自分の家に住むことに小さな嫌悪を感じたが、それ以上に自分が他人の家に住む事実の方が、仁にとって衝撃だった。

一日二日といった短い宿泊とは違う。六年という、長い月日。

鳥羽と同じ屋根の下に住むことで、自分にどんな変化が齎されるのか。変化せずにいるにはどのような手段を用いるのが得策なのか。……不安は募る一方だ。

「まだ四時だってのに、もう夕焼けだな」

ベッドの上に座ったままノロノロと首だけ振り返ってみれば、ドアノブに手を掛けた鳥羽が微笑を浮かべて佇んでいた。

「……おかえり」

大人四人が乗る飛行機が発つのは午後二時二十五分。空港から麻生市までタクシーで約一時間半。自分のことを理由にもう少し早く帰ってくるかと懸念していたが、どうやらちゃんと四人のフライトを見届けたらしい。

「熱はもう下がった?喉渇いてない?」

「……平気」

今朝から熱を出していた仁は、それを理由に空港まで両親達の見送りには行かなかった。

両親の失職、ヘッドハンティング、反発、引っ越し……この数日の間に目まぐるしく事が交差し、重なり、軽度ではあるものの仁の体を蝕んだ。

二年前のように胃炎で倒れなかっただけマシなのかもしれないが、胸の内側は相変わらず重石でも乗せているみたいにズンと沈んでいる。気分が一向に晴れず、寧ろ沈む一方。

鬱々とした気分を浄化する術がまるで分からない。

額にかかっていた髪をかき上げられ、代わりに固い掌が触れられた。突然の所作に体が小さく跳ねる。

「熱、さっきより下がったね」

「……うん」

額の指はこめかみを辿り、熱で火照った柔らかな頬を突付く。

「やめて」

腕で鳥羽の手を払うが、逆に手首を掴まれて動きを封じられる。

相手の行動の意図が読めず、戸惑いの面差しで仰ぎ見遣れば、今までにない優しい表情が目の前にあった。

絡みつくようなものとも違う。獲物を狙う眼差しでもない。例えるなら……そう、欲しがっていた玩具を買って貰い、それを大事に扱おうと心に決めた、無邪気な子どもの顔。

鼓動が一度だけ、大きく高鳴る。

……それは、これから告げられる言葉への警告音。

「漸く二人きりになれた」

一度引いたはずの汗が、再度毛穴の奥から分泌される感覚がした。

「仁との二人だけの生活。いつからだったかな、思い出せないけど……喉から手が出るくらいずっとずっと前から望んでた」

ゴクリと音を立てて、無意識の内に唾液を飲み込んでいた。けれどもちっとも喉の渇きがなくならない。

「ホントは早くても高校卒業してからかなって思ってたけど、でも俺の本能は遅すぎるくらいだって訴えてる」

ゆるゆると左右に首を振る。何に対して拒んでいるのかなんて分からない。

いや違う。目の前の男によって繋がれていた見えない鎖を、今の状況を、鳥羽の存在自体を、拒んでいた。

「言ったろ。逃げても無駄だって」



怖い


恐い


逃げたい、逃げ出したい!



「さぁて、今度は仕込みだ」

緊張、驚愕、恐怖、動揺……それらが反発しているのか、はたまた綯い交ぜとなっているのか、もはや己の思考が判断できないほど仁は混乱していた。感情が抑制できていないのは、歯をカチカチと小刻みにかち合わせていることからして明らかだ。

情けないまでに震え切った声が、慄く唇から零れ落ちる。

「し、仕込み……?」

「お前を俺なしでは生きてけないようにする為の算段、幾つか練ってたんだ。……さて、どうしてやろうかな?」

鳥羽の笑みが一層深まる。

無邪気に哂う男の左耳に付けられた赤い石が夕日に反射し、突き刺すように鋭い光を迸った。

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