表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

動画に映り込んだ黒い影

作者: 与野半

インターネットの隅っこで素人ながら物書きなどをやっていると、たまにメールをいただくことがあります。それはちょっとした相談であったり、執筆依頼であったり。

けれど、此度いただいたご連絡はちょっと毛色の違うものでした。なんでも自身の体験したことを警鐘として世に広めたいが文才がないため代わりに書き広めてほしいとのこと。

なぜ私なのか、もっと有名な方へお願いしたほうがいいのではとお伝えしたところ、あまりに著名な方では取り合ってもらえないかもしれないので、手頃そうである程度文章が書ける方を探した結果だそうです。

なかなか複雑な気持ちにはなりましたが、内容が内容だったために今回筆を取った次第です。

さて、なんとも妙な気分でありながら今作を執筆いたしました。

楽しんでいただけるかはわかりませんが、ある方の思いを記せたという事実だけ見れば意味のある作品になったのではないでしょうか。

それでは本編をどうぞ。

 これは、私に送られてきた一通のメール――そこに書かれていた内容を小説としてまとめたものだ。

 内容の真偽は定かではない、それこそただの創作かもしれない。

 ただ、メールの送り主の意向を汲み、著さなければと思い、筆を取った。


――――


件名:わたしの体験談を作品化してください

差出人:{プライバシー保護のため省略}

日付:2025/04/12 18:47

本文:

はじめまして。

突然のご連絡、失礼をお許しください。

わたしが体験したことを作品にしていただけないかと思い、メールを差し上げました。

なにを突然と思われるかもしれません。ですが、わたしたちのように軽率な行動で同じ目に遭う人が増えるのは避けたいと思い、連絡させていただきました。

わたしの体験は、決して大げさではありません。

どうか、私の体験を作品にしていただけないでしょうか。

お忙しいところ恐縮ですが、何卒よろしくお願いいたします。


――――


 わたしの友人AはVlogをやっている。もともと自撮りや出かけたときの画像をSNSにアップするのが好きな子だった。

 SNSの反応は上々で、フォロワーも増えていった。

 だからVlogを始めるのも自然なことだった。


「みんなー!  Aだよー! 今日はおしゃれなカフェに来てまーす」

 Aがスマホのインカメで笑顔を向け、わたしも隣でピースサインを作る。

「こっち見て、笑って――ナイス!」

 Aがわたしの手を軽く叩きながら、テーブルの上に並べられた手作りのサンドイッチを紹介する。

 わたしは「あーん」と口を開け、Aがサンドイッチを一口かじらせてくれる。

「あ、おいしー!」

 リスナー向けの定番リアクションだが、こういう"定番ノリ"が一番いい。

 こんな風にわたしたちは、Vlogを楽しんでいた。


「ねえ、あそこの公園も行こうよ! あそこ景色いいから好きなんだよね〜」

 楽しそうに笑うAの笑顔を見ていると、わたしも楽しくなってくる。

「じゃあ、飲み物テイクアウトしていこっか――!」

 わたしたちはカフェを出て、近くの公園へと向かった。その間、何人ものひとたちとすれ違う。

 もちろんその間もカメラは回している。インカメで自分たちを映し、雑談しながら歩く。

 公園は人気スポットなだけあって結構ひとが多い。

「わ、夕焼けきれー! すごーいっ」

 公園に着くと、Aは夕焼けの空を見上げて感動していた。

 その場でクルッと回りながら、夕焼けの空と公園の様子をカメラに映す。

 しばらく取り留めのない話をしながら、夕焼けの空を眺めていた。

 最後に、わたしとAは夕日をバックに手を振るシーンを収めてその日のVlog撮影は終わった。

 その映像はその日のうちに、Aのアカウントにアップされ、反応も上々だった。




「あんたら飽きずにVlogつづけてるんだ?」

 わたしとAの属する友だちグループのひとりBがそんなことを言ってきた。

「だって、楽しいんだもん。みんなで集まるのもいいけど、こうやって映像に残すのもいいよね」

 それはAの本心だったと思う。楽しいからこれまでずっと続けられてるのだろうし、一緒にいるわたしも同じ気持ちだ。

「でも気をつけたほうがいいんじゃない?」

「なにが?」

「ほらこの間の公園の動画、途中の歩いてるとことか公園の中とかまわりのひと映りまくってんじゃん」

「それがなに?」

「なにって……そういうのいやがるひともいるからそのうちトラブルになるかもよ?」

「えー? 大丈夫じゃない? わざと映してるわけじゃないしちょっとくらいよくない?」

「あんたねぇ……肖像権って知ってる?」

「まあまあこれからは気をつけよ? 編集ならわたしも手伝うし」

「それだったら…………」

 Aは不満そうではあったが、趣味を奪ってしまうのもかわいそうだと思い、わたしはその場を収めることにした。

 それからもAはVlogを続けていた。忠告どおりなるべく関係ないひとたちの顔は映らないように配慮をし、どうしても映ってしまったものは編集で顔を隠していた。

 フォロワーからの反応も悪くなく、中にはこの対応で見直したと評価するひともいた。

 しかし、そんな平穏な日々は長くは続かなかった。




 それからもわたしたちは暇があればVlogを撮影しSNSへアップする普段と変わらない日常を過ごしていた。ところがある日、動画に変なコメントがついた。

 Aの最新動画のコメント欄に目を落とした。


――人を映すな。動画を消せ。


 文面は短く、苛立ちと脅迫めいた響きを含んでいた。けれど、動画を再生してもわたしとAが繁華街の雑居ビルを背に立っているだけ。画角もバストショットで誰かが映り込む余地はない。

 最近気をつけ始めたことだけに、わたしの心は細波立った。

 すぐにわたしはAにコメントのことを伝えた。

『アンチ? ほっとけばそのうちいなくなるよ〜』

 Aはそう言って気にしていないようだった。

 たしかにいままでも否定的なコメントはちらほらあったし気にも留めていなかったのに、このコメントだけが気にするのも妙な話だ。

『そんな気になるならコメント削除しとくね』

 Aの言ったとおりコメントは最初からなかったかのように消えてなくなった。それでもわたしの心には引っかかりが残った。




 だが、新しいVlog動画をアップするたびに同じコメントがつくようになった。


――人を映すな。動画を消せ。


 何度消してもそのコメントはしつこく現れた。

 しかも、わたしたちしか映っていない動画にもかかわらず、指定された時間帯を再生しても当然誰も映っていない。

「誰も映ってないんだからただのアンチコメだし、気にすることないって――」

 それからというもの、毎回同じコメントが現れるようになり、他の視聴者も徐々に反応を示すようになってきた。

「コイツ動画ほんとに見てる?w」「意味ないコメント」「毎回毎回ウザすぎ」

 便乗するようなコメントを書き込むひともいたが、たくさんのコメントのうちほとんどはわたしたちを擁護するものばかりだ。

 気にしすぎ、というAの言葉を信じてわたしもそのコメントを無視することにした。




 ある日、Aが動画をアップした直後にまた同じコメントがついた。


――人を映すな。動画を消せ。


 わたしたちはまた無視をする。

 このコメントに返信していたひとたちも飽きてきたのか、いまでは数件のコメントがつくだけであとは無視されている。

 しかし、事態は急変した。




 Aの部屋でいっしょにアップした動画の反応をたしかめていたときに見つけたある視聴者のコメント。

 見覚えのあるアカウントで、以前からよく短いながら好意的なコメントをくれていた。


――明るさ最大にしてみろ


「なにこのコメント、どういう意味?」

「え、なんだろ……画面明るくすればいいのかな?」

 言われるがまま画面の明るさを最大にする。

 動画はいまと同じようにAの部屋でふたりで雑談している様子が映っている。

 だが、変わったところはなにも見つけられない。

「は? なに? 意味わかんないんだけど……!」

「便乗コメント……?」

 そのとき、新しいコメントの通知。


――たしかに40秒くらいに影みたいなの映ってる


 また新しいコメント。


――どこ?


――ドアの向こう、廊下


「そんなのどこにも――!」

 Aは動画を再生し、40秒のところで一時停止した。

 Aの部屋は玄関から続くドアを隔てるドアが一枚あり、曇りガラスが埋め込まれて薄っすらと廊下の様子がわかる。

 画面の明るさを限界まで上げても暗いだけでなにも見えない。

「ほら、なにも映ってないじゃん!」

「でも、こんなにコメントにあるってことは……」

「なに?! こいつらの言うこと信じるの!?」

 Aは明らかにイライラしていた。

「……ちょっとまって」

 そう言ってAは自分のスマホを取り出して、動画編集用のアプリを立ち上げた。

 わたしもそれを覗き込む。

 画面の明るさでは限界がある。編集アプリならもっと明るさを上げられる。

「――っ」

 息を呑む音はAの喉から鳴った。

 ドアの曇りガラスの向こうに、ぼんやりとした黒い影が浮き上がっていた。

 正確な形はわからない。ひとのようにも見えるし、ただの黒い塊にも見える。

 わたしはとっさにドアのほうへ視線を向けたが、そこにはなにもいない。

 曇りガラスでぼやけた向こう側には暗い廊下が続き、すぐに玄関へ到達する。

 もし、なにかがいたのなら、すぐに気がつくはずだ。

「……こんなのカメラの調子がわるかっただけでしょ」

 Aはそう言って、アプリを閉じた。これ以上、その影を視界に入れないように。

 だけど、その気持ちもわかる。得体の知れない気持ち悪いコメント。それを信じてしまえば、なにかがいるのだと認めてしまうことになる。

「…………」

 わたしもAにならって動画を閉じた。

 新しいコメントの通知が来ても、わたしたちはそれを確認しない。

「……このあいだ言ってたカフェ、今度行こうよ」

 Aはそう言って、わたしの手を引いた。

「うん、いいね――」

 わたしはAの手を握り返す。

 努めて、わたしたちは普段どおりの話を続けた。




 その夜、気疲れしたのか妙に身体がだるく、わたしは自分の部屋に到着してベッドへ倒れるように飛び込んだ。

「――――」

 あの黒い影が、頭にこびりついて離れない。目を瞑ると、まぶたの裏にあの影が浮かんでは消える。

「もしかして……」

 ベッドの中で動画編集アプリを立ち上げて限界まで明るさを上げる。

 Aの古い動画をさかのぼって確認する。

「なに、これ……」

 過去の動画にも、同じような黒い影が映り込んでいた。

 カフェの窓の向こう、車の影、明かりの消えたビルの中、公園の植え込み、雑居ビルの隙間の奥。

 いままでわたしたちがいないと思っていたところに、いつもあの黒い影が映り込んでいた。

 わたしは背筋に冷たいものを感じながら画面を見つめた。

 黒い影の輪郭はボヤッとしていて、目を凝らしてみてもその正体はよくわからない。


――人を映すな。動画を消せ。


 あのコメントは、この影が残したものなのだろうか。

 目や鼻があるわけではないのに、なぜか黒い影がこちらを見ているような気がする。

「…………」

 胸の中がざわざわとして落ち着かない。

「でも、べつになにもおこってないし……」

 あの気味の悪いコメント以外、わたしにもAにもなにも起こっていない。

「え、まって……」

 動画を見返すと、あることに気づいた。

 この黒い影はだんだんとこちらに近づいてきている。

「うそ」

 そして最新の動画で黒い影はAの部屋にまでやってきていた。

 今日撮った動画も、Aの部屋で撮ったものだ。動画はAの手元にあり、わたしはその内容を確認できない。

 もし、また動画を再生したら――。

「そんなわけ、ない」

 わたしはそう自分に言い聞かせて、動画を閉じた。




 翌朝、目が覚めたときにはいままで体験したことのないような高熱にうなされていた。

 肌はピリピリと痺れ、部屋が丸ごと回転しているような感覚に襲われる。

「うぅ……」

 頭は重く、身体は鉛のように重い。熱のせいで全身は汗でびっしょりと濡れているのに、寒気は止まらない。

 Aに連絡しようかとスマホを探そうとしたものの、腕を動かす気力すら湧かず、ただベッドの上でうずくまることしかできなかった。

 そのまま、わたしは意識を失った。




 次に目が覚めたとき、まる二日経っていた。

 ずっと横になっていたせいか身体中が痛み、頭はいまだにふらふらする。

 なんとか立ち上がってキッチンへ向かうと常備してあるミネラルウォーターを飲み干した。

 大量に汗をかいた上、二日以上水分を摂っていなかったため、甘く感じるほどだった。

「そうだ、Aに連絡……」

 枕元においておいたスマホを手に取るが、何日もそのままにしていたせいで充電はなく、うんともすんとも言わない。

「はぁ……」

 スマホを充電し始めると、すぐに画面には充電マークが表示された。

 その味気ない表示にどこか安心感を覚える。

 まだ熱があるのか、それともずっと寝込んでいたせいか、ぼうっとしたまま意味もなく壁を見つめる。

 数分経って、ヴヴッとスマホが振動した。

 どうやら電源がはいったらしい。見ると、いくつもの通知が表示されている。

 みんな連絡のないわたしにメッセージを送ってくれていたようだ。

『だいじょうぶ?』『これみたら連絡してー』『無事?』

 Bをはじめとした友達のメッセージは弱ったわたしの心に染み入る。簡単に寝込んでいいて連絡できていなかったことを報告する。

 そんな中わたしの目が留まったのは、Aからのメッセージだった。

 一件の音声通話とそのあとにリンクだけが送られている。

 通話はわたしが出られなかったせいで、不在着信になっている。リンクにはメッセージもなく、ただ動画のURLが貼られていた。

「…………」

 リンクをタップしようとした指が震えている。

 なぜか、見てはいけない。そんな気がした。




 すぐに動画は表示された。アカウントはAのものだ。

 投稿日は二日前――わたしが寝込んでいる間。

 動画は、真っ暗な画面が表示されるだけの短いもの。ときおり、ザザッとノイズが入る。

 それ以外なにもない三十秒ほどの動画。

 コメントも戸惑うものばかり。


――あのコメントはなかった


 わたしは動画を閉じるとAへテキストメッセージを送った。

『ごめん、寝込んでていまみた! この動画なに?』

 しかし、一向に返事どころか既読すらつかない。


――なんだか、嫌な予感がする


 今度は通話をかける。

 Aを呼び出す電子音が何度も鳴る。

 ……十秒。

 …………三十秒。

 ………………一分。


 しかし、Aは出ない。

「ねえ、出てよ……」

 すがるように、震えた声。


――プッ


 通話に出る音。

「あ、A?! いまなにしてるの? わたし、ずっと寝込んでて……!」

 返事はない。

「ね、ねえ、じょうだんやめてよ……」


――ザ、


「ねえ! A! 聞いてるんでしょ?!」


――ザ、ザザッ


「おねがい、なんか言ってよ……」


――ザザザッ


「わたし――――」


――ギギギギギギギギギギギギギギギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!


 突然、通話の向こうから聞こえたのは、耳をつんざくようなノイズだった。

「ッ……!」

 とっさに耳からスマホを離すが、あまりにも大きな音だったためこだまするような感覚が耳の中に残っている。


――プッ


 通話は切れた。

「なに、これ……」

 わたしはスマホを手に持ったまま、しばらく呆然としていた。

 そのとき、スマホの画面に新しい通知が表示された。

 友達グループにわたしへのメッセージ。お見舞いにいこうか、などみんな心配してくれている。

 だけど、その中にAはいない。

『Aってどうしてる?』

 既読はついたが、そこでみんなからのメッセージは止まった。

 熱は下がったはずなのに、おでこに汗が浮かぶ。

『音信不通、誰も連絡つかないの』




 結局、Aは行方不明になった。部屋はもぬけの殻で、荷物はそのまま残されていた。

 なにがあったのかは誰にもわからない。


 それからわたしも動けるようになってから病院へいった。

 高熱の原因を診てもらうのもそうだが、あれから右耳の調子が悪く、耳鳴りが止まらなかったからだ。

 診断の結果、ウィルス性難聴とのことだった。


 Aがいなくなってから、わたしはVlogを撮っていない。もともとAの趣味に付き合っていただけというのもあるが、またあの黒い影が映っていたらと考えると、ただの写真ですら気が引ける。

 影の正体はいまだにわかっていない。あれがいったいなんだったのか。


 最後のAの動画も、あれから開いていない。

 もしかしたら、明るさを上げれば、あの黒い影がはっきりと映っているのかもしれない。

 もしかしたら、Aの行方を突き止めるなにかのきっかけになるかもしれない。

 だけど、わたしにその勇気はない。

 あの動画をもう一度みたら、わたしはどうなってしまうのだろうか。

いかがだったでしょうか。

私には、今作の内容が本当にあった出来事なのかどうかはわかりません。

けれど、妙な説得力があるなとは感じています。

願わくは、これがただの創作であるばということです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ