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3話

魔道研究所クレイドルの地下深くにて


最小限のロウソクの火しか照明がない薄暗い部屋の中で、小柄な人影が床からゆっくりと浮かび上がる。


「皆、久しいのう。元気じゃったか?」


ほんのりとした明かりに少しずつ照らされると深緑色と濃い茶色を混ぜたような気味悪い皮膚の色が露わになる。

この小柄で怪しい雰囲気を持つ魔道士こそ、クレイドルの裏側を牛耳る危険人物。

通称マスター・ヨルダ。


「お久しぶりです。マスターのおかげで何不自由なく暮らせています。」


ヨルダの変な登場なんてもう慣れていると言わんばかりに、なんの戸惑いもなくローザが返事をする。


ちなみにヨルダはこのクレイドルという組織を作った張本人だが、世間的にはとっくの昔に死んだとされている人物だ。


「そうか、そうか。元気なローザの顔が見れて嬉しいのう。コーネリアスも元気そうじゃな。それに他の者らも。」


「いえ、私は忙しすぎて元気じゃありません。」


コーネリアスと呼ばれた金髪の男が乱れた髪をかき上げながら反応する。


「んん?何か問題でも起こったのか?」


「マスターもご存知でしょう。ヨハンが数年前に魔力石の製作を公表してから、クレイドルへの依頼が絶えないことを。」


「なんじゃ、それは表の話じゃないか。そちらの世界ではもう私は死んでいるんじゃぞ?裏の話だけでいいんじゃ。」


「いやいや、クレイドルは表向き帝国最高峰の魔道研究機関なんですよ?国からの依頼も多々あるんですから、手を抜くわけにはいきませんよ……」


「ふふふ、そうじゃったなあ。お主たちの表の活動のおかげで、儂らは潤沢な資金が使えるんじゃ。ヨハンを採用できて本当に良かったわい。」


ヨルダに認められたことが嬉しかったのか、若い青年が少し身じろぎする。


ヨハンはこの組織の頭脳。

IQ換算180の化け物であり、彼なくして魔道革命は起こらなかっただろうと目される人物だ。

あとで彼に前世の知識をちょっと教えてみようかな?

さらなる発明をしてくれそうだ。


「嬉しいことを言ってくれるのう。まあ長く生きている儂から見てもヨハンのような天才は見たことがない。これはきっと出会うべくして出会った運命じゃ。」


「これからもよろしくお願いします。」


「うむうむ。殊勝な心がけじゃな。さて、そろそろ報告を聞こうかの。何か研究において面白い進展があった者はおるか?」


「では私から。」


「おお、エルドリン。何がどうなったんじゃ?」


「はい、前回の会合でお伝えした実験が上手く行き、三人目の覚醒シードが誕生しました。銀級魔道士と同等の戦力です。」


「ほお!銀級とな。凄いじゃないか。相変わらずお主は覚醒シード作りが上手いのう。」


「お褒めいただき、ありがとうございます。」


「そいつはどんなタイプなんじゃ?」


「はい、三人目はドラゴンの牙と皮膚の再現に成功した、大柄の戦士です。」


「ほー、それは強そうじゃのう。儂も昔ドラゴンと戦ったことがあるんじゃが、あの時は死ぬかと思ったわい。どれ、儂がそやつの耐久力テストをしてやろうか?」


「い、いえ。それはご勘弁を……マスターに攻撃されたらすぐ死んでしまいます。」


「そうか?残念じゃなあ……あ、そういえば前に覚醒シードを一度殺してしまったんじゃったな。忘れておったよ。あの時はすまんかったのう。」


「いえいえ、マスターが謝る必要はございません。一番出来が悪かった個体ですから。」


「ふふふ、かわいい奴め。今後もその調子で励んでくれ。他には何か報告する者はおるか?」


「ヨルダ様、アリア様がすくすくと成長し、今月5歳の誕生日を迎えられました。我らの悲願の成就が近づいております。」


「おお、でかした。やっぱり子どもを育てるのは女性の方がいいんじゃないかと思ってのう。儂はあえて関わらないようにしておったんじゃ。実際にアリア様はローザの子のようなもの。まさに適任じゃろう?」


「え、私の子供ですか?それはどういう意味でしょうか?」


「へ?今さら何を言っておるんじゃ?アリア様は儂とアズマ、そしてローザの合作じゃないか。歴史ある貴族3人の因子に天使と悪魔の因子も入っておる。」


「もしかしてあの儀式の時、私の因子も入っていたのですか?てっきりヨルダ様とアズマ様の2人だけだとばかり。私のような平民の因子を入れても良かったのでしょうか?」


「んん?ローザは貴族の生まれじゃないか。」


「え……?私の両親は普通の研究者ですよ。子供の頃に聖教国の騎士に捕まったという話を聞いてそれきり……」


「あ~、彼らは育ての親じゃ……」


「育ての親……?」


「知らんかったのか?あの二人は昔、闇組織の者にお前さんが誘拐されそうになった時、最後まで守ろうとしていた兵士じゃよ。」


「え、では私はこの組織に誘拐……」


「勘違いするでない。クレイドルとはまた違う別の組織じゃ。お前さんが襲われてるところに、ちょうど儂が通りかかってな。助ける条件としてまとめてこっちに引き込んだのじゃ。」


「そ、そうでしたか……」


「うむ。お主の血の繋がった両親のことは近い内に分かるじゃろうからそれまで待て。」


「はい、マスターがそう言うのであれば。」


本当は今聞きたいだろうに、気にしていない風を装ってローザは下を向く。


「ま、まさか……」


コーネリアスが何かに気付いたように小声でつぶやく。

彼も貴族、それも貴族の中でもかなりの権力を持つと言われている大貴族、エヴァーハート侯爵家の人間だ。


正直私も驚いて混乱している。

ローザとはもう長い付き合いだが、貴族だなんて全く思わなかった。

まあ私も一応貴族なんだが、伯爵家とはほぼ縁を切っているようなものだし、貴族界隈の話なんて別に興味もなかったからな。


というかヨルダといいコーネリアスといい、帝国内の有力な貴族が闇組織に何人もいるとかおかしいだろう。


「表の方はコーネリアスに任せておるから好きに対応してくれて良いぞ。ちなみにローザの情報はその内出回るからこちらから動かなくてもいいんじゃないかのう。」


「…………」


何やら真剣な顔をするコーネリアス。

そこそこ年を取っているとはいえ、奴の顔はアイドルかと思うくらいの美形だ。


「おっと、それはそうと、アズマからは何か報告はないのか?魔道士として儂に張り合えるのはお主だけじゃからのう。実を言うとそなたの報告は毎回楽しみなのじゃ。」


私も一応言うべきことを考えてきた。


「……方針転換というかなんというか。今後は古代魔法の実験に利用する人は犯罪者のみにしようかと。」


「なんじゃ、今さら良心でも傷んだのか?別にそんなことはお前さんの好きにしてよいが、個人的にはかつて復讐鬼(ふくしゅうき)と呼ばれておった時の姿が好きじゃがのう?ふふふ。」


復讐鬼……

それは私の家族を殺した別組織の首魁を追いかけていた、随分昔の話だ。

それに当時の私は魔道研究所としての表向きの顔しか知らなかったし、クレイドルに所属してもいなかった。


「マスターがなぜ当時の私のことを知っているのかは聞きませんが、それは置いといて、それとは別にあなたにお願いしたいことがあります。」


「おー?聞かなくてよいのか?儂がなぜ当時のことを知っているのか。教えてやってもいいんじゃぞー?」


「別にいいです。」


「なんじゃ冷たい。相変わらず可愛くない奴じゃのう。」


「そんなことより、マスターにはこの秘密の地下空間の隠蔽を強化してほしいのです。」


「なんじゃ、藪から棒に……お主が儂に頼みごとなんて珍しいこともあるもんじゃと思ったというのに……そんな地味なことでよいのか?」


「地味かもしれませんが、とても大切なことです。」


「今のままでは十分ではないと?儂が手がけたものじゃぞ?」


「ええ、このままではダメです。マスターならもっと強力な隠蔽ができるのではありませんか?」


「うーむ……お主、さっきのコーネリアスとの話を聞いて、今後何が起こるか理解したな?」


少し不機嫌になったヨルダから不気味な魔力が少しずつ溢れてくる。


まずい、怒らせたか?

ヨルダの意図と反するかもしれないが、これは必ず必要なことのはずだ。

私のためにも、組織のためにも。


「今までバレていないからといって、これからもバレないという保証はありません。できることは最大限やっておくべきでしょう。」


前世で脱税がバレた時は大変だったんだ。

だからこそ今世では秘密は徹底して守り、墓場まで持っていくべきだと考えている。


前世と違い、帝国でなら例えバレたとしても荒っぽい手段でもみ消せる気がするが、できることなら争いごとには発展させたくない。


「うーむ……お主にそこまで言われるとなあ……」


私は隠蔽に関しては素人だから下手に手が出せない。

これはどうしてもヨルダにやってもらうしかない。


何もしなければバレる予感がする。

そして近いうちに聖教国の騎士団なり、凄腕の魔道士なり、少なくとも誰かは私たちを滅ぼしにやってくるだろう。


なぜそこまで自信があるかって?


それが悪の宿命だからだ。


これも何かの縁。

私なりに秘密組織の幹部としての役割を全うしようではないか。


「ぜひともお願いします。」


「分かった、分かった。あとで強化する。これでいいじゃろう?」


渋々といった表情でヨルダが私のお願いを受け入れる。


「マスター、感謝します。」


「よい、よい。儂も楽しませてもらうつもりじゃからのう。」


「……?」


ヨルダの意味深な発言に気を取られたが、その後も親睦会なる報告会は粛々と進み、部屋に集まった研究者が全員話し終わったタイミングでお開きとなった。


他の人がどんな話だったかって?

それはまともに聞いていなかったから忘れた。


だって仕方ないだろう。

私はこれまでのことや今後の身の振り方を考えるのに忙しいんだから。

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