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1話

ハイバッハ帝国

魔法研究力において他国の追随を許さない魔道国家。

武力、経済力、外交力のどれをとっても最高水準であり、何百年もの長い間、豊かな国として栄えてきた。


しかし、そんな国でもいつも順風満帆な舵取りが出来た訳ではない。

過去には何度も国家レベルの危機が起こり、そのたびに帝国は大きな損害を受けてきた。


ではなぜ建国以来、ずっと強国の立場を守り続けてこれたのか。

それは、いつの世も強力な皇帝と優秀な魔道士がいたからに他ならない。


もし精神的支柱である皇帝が愚かであれば、例え魔道士が奮闘したとしても国は衰退し、最悪の場合は国が滅びる。

逆に例え偉大な皇帝がいようとも、愚かな臣下しかいなければ、国は衰退し、最悪の場合は国が滅びる。


どちらも決して欠けてはいけない。

それがハイバッハ帝国にとっての不変の法則。


しかし、現在になっていよいよその片方が欠けようとしていることに、誰もが大きな危機感を感じていた。


帝都アルディスにそびえ立つ帝城。その中の一室。

天井には金のシャンデリアが輝き、黒曜石の床が静かに光を反射している。


ハイバッハ帝国皇帝、エドゥアルト・フォン・アルディアンの呼びかけに応じ、帝国最上位に君臨する絶大な権力者たちが、黒曜の間に集まった。

部屋の一番奥に特別豪華に作られた椅子に腰掛けた老帝が、重々しく、低い声で口を開く。


「我がハイバッハ帝国はこれまで長い間、優秀な魔道士たちの力で繁栄してきた。余も皇帝としてこの国が世界で最も優れた国となるよう尽力してきた。だが、それももはやこれまで。加齢に伴い、体力や魔力が衰えた今の我では、もうこの国を支えることはできない。」


皇帝は少し間を置き、部屋を見渡しながら話を続ける。


「余の力が衰えてきたからか、近年国内の治安が目に見えて悪くなってきておる。闇組織の悪しき行動も確認されておるし、世界的に魔物の力が増しつつあるという報告も気がかりだ。それらの問題に対峙するためにも、余は引退し、次世代の者にこの座を渡すと決意した。可能であれば余の息子に後を継がせたいところだが、2人の息子はどちらも突き抜けた能力がなく、それも難しい。そこで此度皆に集まってもらったわけだ。お主たちであれば、誰が帝位に就いたとしても余は受け入れられる。さて、そろそろお主たちの意気込みを聞かせてもらおうか?まずはクロイツ、お主はどうだ?」


皇帝の甥であり、帝国北部を管轄するクロイツ大公が静かな声で答える。

「私は自らの限界を正確に認識しております。例え私が陛下と同じ血筋だとはいえ、銀級程度の実力で帝位に就くことはできません。」


ある程度予想できた反応に若干悲しむ皇帝だが、それでも親族に後を継いでほしいという思いがある。

「クロイツよ、お前がそのように思うことは理解しておる。だが銀級魔道士という称号は本来特別優秀な者にしか与えられない代物だぞ?ありがたいことに、我が国の魔法の発展が著しいおかげで、金級や帝級の位が作られただけだ。現にお前は北方の厳しい環境の中でも、見事に役目を果たしておるではないか。」


「いいえ、私は帝位を望んでおりません。ここには金級魔道士や帝級魔道士もおります。その方の中から陛下の後継者を選んでいただくのが良いでしょう。」


クロイツ大公は皇帝から帝位を譲る意志を示されても、喜ぶ仕草は一切せず、終始冷たい表情を変えなかった。


「そうか……お前の意志はよく分かった。では他の者の意見も聞くとしようか。サイラス、お主はどうだ?私がこれまで皇帝として好き勝手に振る舞えたのも、ひとえにお主の力のおかげだ。若かりし頃は圧倒的な魔法の才で金級魔道士にまで登りつめ、宰相となってからもその抜群の頭の良さでこの国を上手く管理してきた。」


宰相サイラスは鋭い視線を皇帝に向けながら返答する。

「帝位継承問題については、私が何年も前から早く道筋をつけるよう、陛下にお伝えしてきたことです。そして私には陛下の代わりは務まらないということも、いつも申し上げてきました。」


いつもは冷静沈着な宰相だが、今日は少し気が立っているのか、言葉に刺を感じる。


「……知らん」


「陛下、私は宰相の立場に満足しております。私の性格的にも裏方の仕事の方が向いていると思いますし、この気持ちはこれからも変わらないでしょう。だからこそ早くから備えておくようにと申し上げてきたのです。」


宰相の発言に不満を感じ、数秒彼と睨み合うことになった皇帝だが、彼が一向に視線を外さないので諦めて目を背けた。


「ふんっ、私にしつこく忠言出来る奴はお前くらいだ。せっかく帝位を譲ってやる気になったというのに、可愛げのないやつめ。もうよい。他にも候補はたくさんおる。ヴィンセントよ。お主はどうだ。利害にうるさいこの国の貴族をまとめるのは大変であろう。この際今の立場をやめ、思う存分皇帝としてそなたの腕を振るってみないか?」


他国と隣接する広大な帝国西部を管理する公爵家の当主、ヴィンセント・スターシア。

貴族の代表という立場だけではなく、軍部も一手に担うこの英傑の顔には、いくつもの傷が刻まれている。


「私はこの国で最も強い者が陛下の後を継ぐべきだと考えております。つまりは帝級魔道士の誰かということになるでしょう。それが過去世界に覇を唱えた帝国の論理です。私がなぜ貴族を代表していると思いますか?それは公爵家当主だからではありません。ただ私が貴族の中で一番強いからです。これまで野心だけの弱い貴族が実力以上の権力を持とうとしたことが何度もありました。そのたびに私はそのような勘違いした貴族を潰してきたのです。私はこれからもその役割を全うする所存です。」


ニヤッとした顔で陛下に返答した公爵は帝国軍と共に何度も戦場に立った傑物である。


「余はそんな仕事を頼んだ覚えはないが……まあよい。余も力がなければ国を治めることなどできぬと考えている。そもそも魔道士として強いということは、それはすなわち頭も良いということに他ならない。なぜなら魔法の神髄を理解するためには、魔力だけではなく、当然のことながら知能も必要となるからだ。それに私は性別や出自も選ばぬつもりだし、種族すら制限するつもりはない。この国を良くしてくれる者なら誰でもかまわぬのだ。のお、オリヴィアよ。」


皇帝が次に目を向けたのは、この部屋で唯一の種族であるエルフだ。年齢はなんと287歳。帝級魔道士という称号が作られたのも、彼女が理解不能な強さだったからに他ならない。皇帝は彼女が大陸一の強者だと認識していた。

エドゥアルトが皇帝になれたのも、実はこのエルフのおかげだったりする。


少し眉をひそめるオリヴィア。

「エドゥアルト、言っとくけど私は帝位になんて興味ないから。あなたとは利害関係が一致したから協力してるだけ。知ってるでしょ。それに私からしたら政治的な闘争なんて滑稽なことよ。」


取り付く島もないオリヴィアの反応に気持ちが沈む皇帝。

「お主の考えは変わらんか……では他の帝級の者はどうだ?」


腕を組んだガルヴィスが大きな声を出す。

「当然俺も帝位には興味がねえ。まあ、陛下がどうしてもって言うならなってやってもいいけどよ。多分俺が一番強いだろうしな。でもその代わり、煩わしい仕事は全部サイラスにやってもらうぜ。」


ガルヴィスが皇帝に対してありえない口調だったことで、一瞬その場の空気が凍る。


思わず帝級魔道士のマヤが口を挟む。

「陛下や宰相様に対してなんて失礼な態度を……ガルヴィス、今すぐ謝罪しなさい。」


宰相もマヤに合わせて注意する。

「力だけではこの国の舵取りは不可能です。最も強い者が国を支配するというのも一つの考え方だとは思いますが、私たちは魔物ではなく人間です。知恵と力の両方が必要なのです。それと私はともかく、陛下に対してはそのような言葉遣いをしないように。」


「うるせえよ。そんなの俺の勝手だろ。」


強者二人に注意されても全く態度を改めようとしないガルヴィスを見て、ヴィンセントも一言忠告するか逡巡していると、その前に皇帝が二人を手で制した。

「よい。ガルヴィスの口調は悪いが、余に弓引くような真似はせん。まあ、帝級魔道士でなければ、ただでは済まさなかっただろうがな。」


それでも納得のいかない顔をする宰相。

どうやらガルヴィスのことがあまり好きではないようだ。

「陛下、私は力だけの者に忠誠を尽くすことはできません。もしそのような人が帝位に就くのなら、私は宰相の職を辞し、一介の魔道士に戻ります。」


宰相の発言に少し驚く皇帝。

「待て待て、サイラスにやめられる訳にはいかん。ガルヴィスが帝位に就く話はなしとする。それならマヤ、お主はどうだ?そなたの回復魔法と支援魔法は帝国一だ。苛烈な我よりお主が皇帝になった方が、喜ぶ民が多いだろう。」


慈愛の聖母という異名にふさわしい微笑みを浮かべて話し始める。

「陛下からそのような言葉をいただけるなんて……私はとても恵まれております。ですが私は怪我人や病人を治療することに専念したく、これからも各地を回ろうと思います。それに私のように優しいだけでは帝国を治められないということも承知しております。」


マヤの発言にガルヴィスが驚きながら声を荒げる。

「おいおい、お前が優しいだけって陛下によくそんな嘘がつけるな。俺よりたちが悪いんじゃねーか?」


「あなたは黙りなさい。」


「慈愛の聖母だなんて呼ばれるようになったからって、お前の凶暴な性格は変えようがねえだろ。」


「……自分の力を制御できずに泣いてたあなたを私が散々治療してあげたっていうのに。もしかして忘れちゃったのかしら?」


「はあ?泣いてねえよ!それに治してくれたのだって昔の話だろ。いつまでその話を引っ張る気だよ。陛下、絶対マヤを皇帝にはしちゃいけねー。この女は過去のことをいつまでも根に持つからよ。そんな女がトップに立ったら帝国は奈落の底だぜ。イリシア聖教国の聖女の爪の垢を飲ませたいくらいだ。」


「なんですって?」


「二人とも落ち着け。マヤも難しいということは分かった。次だ、次。」


皇帝はダリウスに目を向けた。

絶対守護者の異名を持つ、美しい小麦色の肌をした帝級魔道士。貧しい家庭から成功した彼は子供たちの憧れの的だ。

「私は他国の出身です。陛下がお許しになったとしても、他の貴族がとても許しはしないでしょう。そもそも帝位に就く気はありませんが……申し訳ありません。」


帝級魔道士が全員帝位に興味を示さなかったので嫌な予感がする皇帝。

「帝級魔道士が全員難しいとなると、あとはマルヴァスかルドルフということになるが……二人は帝位に興味はあるか?」


立派な白いひげが自慢の老魔道士、マルヴァス・ヴァンドラー。

特殊な魔法を除き、ほぼ全ての魔法を扱うことができる七色の魔道士。


「私の年齢は陛下とそうは変わりません。これからも教育者として学園で教鞭を取れれば十分にございます。しかし、ルドルフを皇帝にするのだけは認められません。もしルドルフが帝位に就くぐらいなら、その時は私が帝位に就く覚悟です。」


彼はルドルフだけは帝位に就かせたくなかった。


マルヴァスの発言は聞き捨てならないと、ルドルフが立ち上がる。

「陛下、マルヴァスだけは皇帝にしてはいけません。本人は自分のことを教育者なんて口にしておりますが、こいつは才能のある学生以外に関心なんてありません。魔力を持たない平民に至っては羽虫の一匹程度にしか思っておりませんぞ。マルヴァスよりはまだ儂の方が増しです。」


魔道の名門ベルモント伯爵家、最強の魔道士、ルドルフ・ベルモント。

年を取って顔の皺が目立つ年齢だが、まだまだ体力の有り余る魔道研究院の重鎮だ。

そんな彼はマルヴァスだけは帝位に就かせたくなかった。


「ルドルフ……なぜそんな酷い嘘をつくのだ。陛下に失礼だとは思わないのか。」


「本当のことだろうが。人格者のふりをして陛下に取り入ろうとするでない。」


「何を言う……私は陛下の忠臣だ。陛下のためにならないことは受け入れられないと申したまで。お主こそ、こそこそと裏で危うい実験でもしているのではないか?」


「はあ?適当なことを言うでない。魔法は帝国の柱だ。儂が研究院で発見した成果は包み隠さず帝城に報告しておるわ。」


二人の言い合いが過熱しそうだったため、仕方なく皇帝が話を止める。

「はあ、もうよい。お主たちは相変わらずだな。共にアルディスで学んだ仲だろうに。」


帝国一の学園であるアルディス魔道学園

同級生にしてライバルだったこの二人は片方が自分より上の立場になることを許せない。


皇帝は全員の意見を聞き終わったが、結局誰を後継者にすればよいのか分からず、いつもの頼みの綱である宰相を見た。

「……サイラス、魔法の実力と政治力の両方が突出している魔道士はお主だけだ。どうだ?この大帝国をお主のものにしてみたくはないか?思った以上に楽しいかもしれんぞ?」


「……陛下、こうなることは分かっていたことです。基本的に魔道士として高みを目指す者たちは、政治に興味などないのですよ。」


「しかしだな、いくら頭がキレるからとは言え、魔力を持たない文官では到底余の後を継ぐのは不可能だぞ。そんな君主では他国から侮られるし、魔道士は誰も認めぬだろう。」


「ええ、だから深刻な問題になっているのです。」


「なぜだ……なぜ誰も帝位に就こうとせん?我には理解できない。この大帝国で一番偉い存在になれるのだぞ?権力の最上位だぞ?」


「……」


「なぜそんな冷めた顔をしておる?男なら権力の一番上を目指すものだろう。違うか?」


「……」


本当に帝位に興味がないのか、誰もが沈黙を保っている。


「……ええい、こうなったら探せ!余の後を継ぐにふさわしい魔道士を見つけるのだ!それがお前たちの最重要任務だ!さっさと行け!」


投げやりになった皇帝エドゥアルト・フォン・アルディアンは、イライラを我慢できずに魔力を込めて大声で激を飛ばした。


室内にいる者は皆涼しい顔をして退室したが、部屋の前にいた使用人は意識を失って倒れたとか。


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