期間限定!理想の彼氏
クリスマス時期に書いた過去作。
中学校の中庭に、そこそこ大きなクリスマスツリーが飾られた。全クラスで一人ずつ自分用の靴下を木にぶら下げて、その中に各々欲しい物が書かれたサンタへの手紙を入れる。本当に貰える訳ではないので、自己満足に書くだけ書いて我慢を覚える……という、この学校での昔からの教育らしい。
中学三年生の星野 小雪は、手紙にこんなことを書いた。“物静かでクールなイケメンの彼氏が欲しい。”と、現実に恋人ができたとしても、自分の理想そのままの異性なんて願ってもできないものだ。“どうせ手に入らないプレゼントを書くなら、このくらいの夢くらい見たっていいだろう。”そう思っての手紙だった。
──下校時間、十二月ということもあり、外はとても寒い。
冷え性の小雪にはマフラーと手袋は必須なのだが、つい最近……友人と下校途中でふざけてマフラーと手袋を川に落としてしまい、そのまま流され無くしてしまった。自業自得というやつだ。
お小遣いも友人と出掛けた時に欲しい小物等を衝動的に買いまくり、最後はカフェで少し高めのホットドリンクを頼んで使い果たしてしまい、財布の中身は小銭が少々。これも自業自得というやつだ。
(次のお小遣いは一月、……しんどいなァ~。)
十二月になったばかりだというのに、一月までマフラーと手袋無し。小雪の母はよく「後の事を考えながら慎重にお金は使いなさい。」と小雪に言い聞かせている。
呆れられるのを覚悟で、友人とふざけてマフラーと手袋を無くしてしまった事と、それから貰ったお小遣いも使い果たしてしまい新しいマフラーと手袋が買えない事を正直に話したが、返ってきた母からの言葉は「自業自得、冬休みまで我慢しなさい。」と、想像通りの返事だった。
もしかすると哀れに思って仕方がなく買って貰えるかと内心期待していたが、"甘い考えだったわ"と思い、小雪はタハハと苦笑いした。
「……そーだよ手紙にマフラーと手袋も書いときゃよかった!」
今のところ手に入らない物だ。けれどもう少しの辛抱、冬休みになれば一月までずっと家で過ごせる。外出も減るし家でコタツにでも入りながら飼い猫とのんびりぬくぬくできる。そう考えればこの寒さも少しは我慢できた。
(早く冬休みにならないかなァ)
小雪はそう思いながら、“それにしても寒い。コンビニで餡まんでも買って食べたいな……あぁ、お金無いんだった。”とまた財布の中身を思い出しては溜め息を一つつき、帰り支度が済み教室を出て家へ帰って行った。友人は塾なので今日は一人だった。
あれからなんとか寒さを堪え、学校に通い続けていたら気づけば冬休み。小雪は学校から帰宅し、明日から休みだと思うと嬉しくなり「ゥゥウアァア~!!」と奇声を上げながらベッドに倒れ込み、仰向けで大の字になる。
宿題は沢山あるが、暫くは無視していいだろう……良くはないか。しかしやる気力は無いので暫く宿題に手が触れることはないだろう。少なくとも、今日と明日は確実にやらない。
(クリスマスは皆家族と出掛けたり、彼氏がいる子はデートだからなァ……。)
自分で気に入って選んだワインレッド色のスマートフォンで、クリスマスイブに空いている友人がいるかどうか聞こうと思ったが、学校で友人達がそれぞれクリスマスイブの予定を話していたことを思い出しやめておいた。
スマートフォンを枕元に置いて寝返る。クリスマスイブ、多分自分は家で去年と同じく飼い猫と戯れているだろう。それもそれで悪くはないが、やはり年頃の娘……もし恋人がいればイブにデートでもしたいと妄想してしまうのだ。
(それかゲームでもしてるし)
この時期になれば自分のやっている無料アプリゲームも、クリスマス関連のイベントガチャが出たりする。今の時代はスマートフォン一つ持っているだけで、気軽にゲームが無料でやれるのだから退屈しない。“後で新しいゲームでもあるか検索してみるか”と考えながら、小雪はウトウトしながら目を閉じ、そのまま眠りについた。
「小雪、起きろ。」
いつの間にか眠っていたらしい。目蓋をゆっくり開くと、カーテンが開かれたままの窓からはオレンジ色の空が見えた。壁にかけてある時計を見れば十八時を少し過ぎており、今が夕方だとわかる。夕飯時だと意識すればお腹も空いてきて上半身を起き上がらせる。
……ふとおかしい事に気づく、自分は今、“誰か”に起こされたのだ。その声は間違いなく男性のもので、父親の声ではないし自分は一人っ子で弟も居ない。
では誰? 小雪は恐る恐る声のした隣へ顔を向ける──
「やっと起きたか……。」
同い年くらいだろうか、黒髪の少しふわっとしたショートヘアに、茶色の瞳を持つツリ目の男子が椅子に座ってそこに“居た”。顔は整っており、清潔感のある白いセーターに黒のズボンというシンプルな服装がとても似合っている。
「び、べびばばぼ、ほぼォッ!?!」
いくら顔が整っていても、見知らぬ男子がそこに居たら誰でも驚くし恐怖を感じるだろう。小雪は変な悲鳴を上げながら枕を男子に投げつけ、壁にダンッと背中をぶつけて固まる。男子は顔を左手で押さえながら、膝に落ちた枕を右手で掴みギラリと小雪を睨みつけた。
「……何すんの」
「あ、あぁ……ごめんなさい……。」
そこで小雪は、“いや、別に自分は謝らなくていいだろう”と我に返る。非常識なのはいくら考えても勝手に部屋に入ってきた相手の方だ。強気になってもいいのではと考えたが、相手がもし暴行をしてきたら危険だ。
しかし、もし相手が強盗か泥棒なら呑気に椅子に座って……しかも小雪を起こす行為をするだろうか? わざわざ起こせば助けを求め大声を出される可能性だってある。
「あの……貴方は?」
見たところ彼に敵意は無さそうだ。警戒はしつつも話しかけても大丈夫だろうかと思い、勇気を出して恐る恐る小雪は相手に聞いてみる。よく見ると雰囲気も落ち着いていて、まさに物静かなイケメンという小雪の理想の彼氏にピッタリな見た目をしていた。
小雪は中庭のクリスマスツリーと自分が書いた手紙が脳内に浮かび、“まさかそんなはずは……”と思いながらも相手の返事を待った。相手は溜め息を一つついた後、目を閉じた後に答えた。
「少し早めのクリスマスプレゼントさ」
──彼が言うには、毎年全国の誰か一人にだけ、“本物のサンタ”からプレゼントが贈られるのだという。信じられない話だが、奇跡的に全国の誰か一人という確率で、今年はなんと星野小雪が選ばれたのだとか……。小雪の書いた手紙には、“物静かでクールなイケメンの彼氏が欲しい。”と書かれていた。まさに、彼はそれにピッタリと当て嵌まる。
彼氏が欲しいとは書いたが、話を聞くと……どうやら彼の姿は小雪以外には誰にも見えないらしく、これではもはや幽霊と同じ。友人にも自慢できないので少しガッカリしたが、イケメンと過ごせるだけで充分幸せな事だなと思い自分をなんとか納得させた。
もし贅沢を言ってここで彼が消えてしまえばそれはそれで寂しい。いつまで居てくれるのかはわからないが、居なくなるその日まで楽しく一緒に過ごそうと決めた。
「ところで……名前は無いの?」
未だに彼から名乗られていない。相手は小雪の名前を知っているらしいが、小雪は相手の名前を知らない。相手は首を横に振る。
「アンタの理想の彼氏に作られたが、名前は与えられていないさ。よければ名付けてくれ」
「ぇえ~……?」
“彼氏に名前を付ける”……。なんだか不思議な感じだなと思いつつ小雪は腕を組み考えた。サンタが作り出したプレゼントとはいえ相手は人型な訳で、流石に犬や猫に付けるような名前では可哀想だ。きちんとした人の名前か、それっぽい名前をつけてあげたい。
部屋の周りを見渡す。机にはつまらなそうな本が一冊と、栞が置かれていた。冬休みの宿題の一つで、一冊本を読んで感想文を書かなくてはいけないので、そのための本と栞だ。読書感想文なんて面倒だなと思いつつ、ジッと栞を見ていたらある事を閃く。
「栞……なんてどう?」
「……まぁ、悪くはないか」
彼……栞は机に置いてあった本と栞を見て察し、眉間に皺を寄せ複雑そうな表情を浮かべたが、変な名前を付けられるよりはましかと思い自分を納得させた。小雪はそんなこと知らずにあははと笑う。栞は……。
(殴りたい)
小雪のヘラヘラとした顔を見て腹が立ったが、そんな行動をとればどこかで見張っているサンタが消しに来るなと思い、栞はグッと堪えた。
……確かに、両親には栞の姿が見えないらしい。リビングで二人でテレビを観ていても両親は何も反応はしなかったし、寧ろ小雪が栞と話していると両親……主に母が、“熱でもあるの?”と心配までしてきた。
流石に心配をかける訳にはいかず、会話をする時はなるべく部屋でするか、両親が留守にしている時に会話をしようと決めた。それからは特に問題はなく、二人は日々仲を深めていく。元から小雪の理想と願い通りに作れらた専用の彼氏なのだから、特に大きな喧嘩もなく、趣味も合っていて一緒に居て楽しかった。
一緒に居れば自然と距離も近くなる。気づけば二人はずっと傍にいた。ベッドの上で二人並んで座り、一緒にお笑い番組を見る。大して面白くはなく、若手芸人が大袈裟に動いたり反応したり、寒い言葉を連続で言ったりしているだけで、見ていて痛いだけのものが多くて眠くなってくる。……ふと、小雪は口を開いた。
「欲しい物とかある?」
「何、急に」
突然聞いてきた相手に驚き「別にいらないよ」と返すつもりだったが、小雪の真剣な顔を見て栞は何も言えなくなる。けれど彼女も察してはいるはずだ。栞はいつか消える存在で、物を貰っても仕方がない。……数秒間の沈黙が流れる。部屋に響くのは若手芸人の変顔をした時の声と、司会者の突っ込みの声だけ、小雪は耐えきれなくなったのかまた口を開く。
「わかってる。栞は人間じゃない。でもね? それでも、それでもね? ……あぁダメだ。なんか、……なんかもう……。」
喋っていく内に途中から涙目になり、視界がぐわんと歪んだ。鼻がツンとして喋ろうとすれば、鼻が詰まってきて上手く喋れない。それでも小雪は話を続けた。
「それでも……しおりと何か残したいんだって……っ」
鼻声のまま喋っていたら目からボロリと涙が溢れ、頬から顎まで伝いポタリと太ももに落ちて小雪のジーパンを濡らした。唇はぷるぷると震え、目蓋を両手の平で乱暴にグシグシと拭う。
そんな小雪を見ていたら、栞は気づけば小雪の肩を左手で掴み抱き寄せていた。
「俺はな、小雪。お前と一緒に居られるこの時間だけで充分なんだよ」
その気持ちは決して小雪を慰めるためだけの思いつきではなく、栞の本音だった。栞は苦笑いを浮かべ、小雪の頭をそっと左手で包むように撫でながら話を続ける。
「お前と一緒に居られる時間が何よりも大切で、俺の一番の思い出になる。俺が例え跡形もなく消え去ったとしても、俺の中ではいつまでも、大切なお前との思い出が残り続ける。」
それを聞いた小雪はさらに泣き出してしまい、栞の胸に抱きついた。抱き締め返しながら栞は背中を撫でてやる。ふと、お笑い番組が終わり昼のニュースに変わったテレビ画面に栞は目を移す。
(そういえば、もうすぐクリスマスイブか……。)
自分にはプレゼントは必要ないが、小雪には何かあげたかった。テレビには“いまどきダサい? そんなこたァはないっ!” と右上に文字が表示されている。どうやらクリスマスプレゼントについての話みたいだ。 それを見て栞は笑う……。
(俺、不器用なんだけどな。)
今の時期を考えれば丁度良いかと思い、テレビでやっているクリスマスプレゼントについての話を真剣に聞き観ていた。小雪は泣き疲れたのか胸に顔を埋めたままウトウトしていた。
──クリスマスイブ当日。世間では二十四日から二十五日にかけて、カップルや子供連れの夫婦等で街は賑わっている。駅周りにはお店が沢山並んでおり、彼方此方にイルミネーションが飾られていて幻想的だった。
そこに小雪と栞も来ていた。栞の左手には紙袋が握られていて、小雪が中身は何だと聞けば「教えない」と悪戯な笑みを浮かべながら答えてはくれなかった。 最初は小雪以外の者には見えない栞を連れて行っても、小雪が一人でぶつぶつと話していたら変に見られはしないかと二人は悩んだが、こうして二人でクリスマスを過ごせるのは一度きりだろうから、行かずに後悔だけはしたくなかったので結局来てしまった。
栞が消えるその時まで、一秒でも長く思いっきり恋人気分を味わってやろうではないか。小雪は栞を彼方此方連れ回し、店内でいろんな商品を見て笑い合ったり、店や木に飾られたイルミネーションを眺めては恋人気分を満喫した。
今頃になって、数週間前に友人と出掛けた際後の事を考えず衝動買いをし、お金を使い果たしてしまった自分が憎い。お金があれば、今頃は栞とカフェ等に入ってホットドリンクなんか頼んで二人で飲んで楽しめていたはずなのだ。
そんな小雪の様子を見て察した栞は、くすくすと笑った。
「次からは小遣い、慎重に使えよ?」
「わかっ……てるよぉ」
母と同じことを栞に言われ、恥ずかしくなり小声になる。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、スマートフォンの画面を見れば時刻は十六時三十分。冬は夏に比べ日が暮れるのが早く、このくらいの時間帯になれば辺りは少し暗くなってくる。
夜のイルミネーションも綺麗だが、周りから見れば小雪は一人で歩いているようにしか見えない。中学生の女子が一人でこの時間帯まで外出しているのは良くない。そろそろ帰ろうかと思った頃に、栞は小雪に「二人きりになれる場所に最後行きたい」と頼んできた。
“最後”という言葉にチクリと胸が痛んだ小雪だが、栞の頼みはなるべく聞いてあげたい。二人はイルミネーションも無く、街灯だけが照らされた人がいない公園へ向かった。
公園に着くと栞は持ってきていた紙袋からそれを取り出し、小雪の寒そうな首にふわりと巻く。……それはマフラーだった。色は赤とオレンジの暖かい炎をイメージとした色で編まれていて、手作りなのか所々毛糸が飛び出していた。
「栞……これ……っ」
「この時期マフラー無しはキツいぞ? それから──」
時間がないのか小雪の言葉を遮り、もう一つ紙袋から何かを取り出して、小雪の手にはめたのは手袋だった。これもマフラーと同じく、赤とオレンジの暖かい炎をイメージとした色で編まれていた。(暖かい……。)
嬉しくて涙で視界が歪む。そんな小雪に栞は「泣き虫だな」と笑った。二人は勘づいていたのだ──栞が今日消えてしまうことを……。
どこかで二人は覚悟していた。クリスマス前にプレゼントが届いたのなら、二十四日か二十五日に消えてしまう可能性もあると、そしてその日が今日だったのだ。
小雪は唇を震わせ、栞に抱きついて大声で叫んだ。
「──行かないでよッ!!」
この言葉に全てが詰め込まれている。もっと一緒に居たい。時には喧嘩もしてみて、なんだかんだお互い照れくさそうに謝罪して仲直りしてみたい。春夏秋冬イベント事には楽しんで笑い合いたい。それから……。 栞は小雪を抱き寄せて、右手を小雪の顎に添えクイッと持ち上げ二人は見つめ合う。沈黙の中、栞は口をゆっくりと開きポソリと小雪に囁くように伝える。
「小雪、好きだよ。」
一瞬のことだった──唇と唇が重なり合う。触れるだけのキスは檸檬の味はしなかったが、すぐに離れてしまった唇は寒い風に晒され物寂しさを感じた。小雪は口を少し開けたまま栞を見上げ、数秒間固まった後に顔が段々と熱くなっていき、目を見開き頬をほんのり桃色に染めた。
「わ、たしも……好き……!」
小雪もつられて気持ちを伝えるが、栞の体が透けているのに気づき血の気が引いていく。こんな時だというのに、顔が赤くなったり血の気が引いていったりとコロコロ様子が変わる小雪に栞は吹き出す。
そんな態度に気にする余裕もなく小雪はやだやだと言いながら栞の体を強く抱き締めると、小雪の頬にポタリと何かが落ちてきた。我に返り見上げると……笑みを浮かべつつ泣き出したくなるのを堪えている栞が涙を零していたのだ。
普段弱さを見せない彼の初めて涙に、小雪も流石に驚く。
「もし、俺にもクリスマスプレゼントが貰えるのなら、……サンタにお願いしたい。」
もう体がほぼ見えなくなっていて薄っすらとしかわからないが、それでも続けて言った。
「今度は一人の人間として生まれてきて、小雪の傍にずっと笑い合って生きていきたい。」
そう言い残し、公園には小雪だけが残された。小雪は不格好な手袋をはめたまま同じく不格好なマフラーを両手で掴み顔を隠す。暖かい……首元も両手も暖かいのに、何故だろう。胸の奥だけは酷く凍えていた。耐えきれずその場で泣き崩れ、暫く立ち上がれなかった。
***
──あれから時は経ち、春。中学も卒業し小雪も今日から高校生。
どうやら最近友人に弟ができたらしく、これから小雪は赤ちゃんを見せてもらいに、友人に連れられ友人の家に向かっていた。
家に着き、靴を脱いできちんと揃えてから中へ上がらせてもらう。中に入るとすぐにおばさんがにこやかに出迎えてくれた。その腕には赤ちゃんが抱かれていて、きゃっきゃと幼い笑い声が聞こえてくる。友人はおばさんから赤ちゃんを横取りして、自慢気に小雪に見せてくる。
「へへーん! これが私のおとーとだ!!」
小雪は友人に抱えられた赤ちゃんの顔を覗き込むと、どこかで見たような気がして固まる。友人は固まる小雪を見て特に気にもせず、にんまりと笑みを浮かべた後に赤ちゃんの名前を教えた。
「それでね? 名前なんだけどね。なんでかわかんないけど……なんとなく思いついたんだ。名前は──」
……その名前を聞いて奇跡を感じた小雪は、涙を浮かべながら笑った。
クリスマス時期に書いたやつ。
だいぶ前に書いた短編の一つです。
お楽しみ頂けたら幸いです。