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第97話 スチル再現で詰みを感じる。

 詰んでないか、これ?


 ご機嫌いかがお過ごしでしょうか。橘千代です。


 自作乙女ゲームの世界に転生して、十五年。気が付けば中学の卒業を間近に控えた今日この頃。絶対にこの世界を滅ぼすことを諦めたりはせぬ、と武士の誓いを立ててからは既に二年と半年が経とうとしていた。


 しかし最近。私は「詰み」という状況に置かれている気がしてならない。


「……千代ちゃん、どうしたの?」


 隣を歩く柊木悠真に腕を抱え込まれながら、顔を覗き込まれた私は、大げさにのけぞった。


 だからその顔を私に近づけるでない。


 最近の柊木悠真は、私の横を歩く際に腕を抱え込んでくる。しかもそれが、幼稚園児時代にリカちゃんたちにやられていた、あの捕らわれた宇宙人感あふれる捕獲の仕方を思わせるので、正直やめていただきたい気持ちでいっぱいだ。


 ちなみに幼稚園から中学にかけて、私の友達はどんどん減っていった。代わりになぜかファンクラブができたと言われて理解することをやめた。何も知りたくない。


「……なんでも」

「本当? 千代ちゃんの話なら、どんなものでも聞きたいから、話したくなったら絶対に教えてね」


 やわらかく目を細めた柊木悠真が、心の底からの親愛を伝えるように優しく囁く。


 柊木悠真は、かつて出会った頃の、あの表情筋が死滅しているとしか思えない無表情からは。全く想像もできないような……人間らしい、顔をしていた。


「……うん。ありがとう」


 まあこの柊木悠真のキャラチェンジが、本当に詰みを感じさせ、私を絶望に陥れている原因なんですけどね!


 いや、出会った頃から日に日に表情が豊かになっている気はしていた。けれど特に、ここ二年ほどで「あれ? 柊木悠真って水瀬慧斗並みにクールな表情のキャラだった気がするんだけどな」と困惑させられるほどに、表情がくるくる変わるようになったのだ。


 柊木悠真が人間らしくなる=世界の滅びが遠ざかる。


 その方程式が脳内でぐるぐると周り、私は彼に微笑みかけるたびに泣きたい気持ちになる。


 あと、対ヒロイン用に考えた台詞をもじって再編成して披露するのを本当にやめてほしい。嫌がらせされてんのかな、って思う。


 しかも、頼みの綱だった柊木梓馬ですら、もう最近は普通の父親みたいな態度をとっている。さらに言うと、定期的にいつ嫁に来るのかと尋ねられて私の目が死んでいる。


 え、これ本気で詰んでない?


 私は戦慄した。


 待ってくれ、これもしかして、本番は高校に入ってからとか悠長なことを言っていられる段階ではないのでは?


 確かめなければいけない。今の柊木悠真が、どういう人間なのかを。


 私は咳ばらいを一つして、口を開いた。


「えー……あの。悠真、変わったね……?」


 凄く抽象的な物言いをしてしまった。


 柊木悠真も私が言いたいことがいまいちわからないらしく、そうかなとこぼしながら首を傾げている。


「昔……。幼稚園の頃と、別の人みたい」

「幼稚園の? あはは、それは確かに、別人みたいなものかも」


 柊木悠真は、私の言葉に朗らかな笑い声をあげた。


「あの頃のボクは……今思えば、人形みたいなものだったよ。誰からも何も与えられなくて、自分で何かを掴むことさえ、してはならないことだと知っていた。けれど、そんな現状に、抗う気すら、なかったんだ。ボクの存在意義は、ボクに刻まれた願いを叶えることだと信じていたから」


 黒歴史ノートで見た、柊木悠真の設定を思い返しながら、私は頷いた。


 いやあ。乙女ゲームでたまにある、空っぽな男が初めて抱くヒロインへの愛イベントがやりたかったから、そんな設定にしたんだろうね、前世の私は。


「でも……。キミがそれを、変えてくれた」

「え」


 素で声が出てしまった。本当に全く一ミリもそんなことをしたつもりがなかったからだ。


 あ、もしかして、私がそばにいたせいか⁉ 温もりに飢えた子供だということを失念していたか⁉


「キミがボクを、尊んでくれたから……。キミだけが、僕の存在に価値があると言ってくれたから……」


 ⁇


 本当に身に覚えがない内容だった。


 え、これもしかして、柊木梓馬と同じ自己解釈スキルEXの力か?


 困惑の渦中に一人いる私を置き去りにして、柊木悠真は言葉を続ける。


「だからボクは、キミに好かれる自分になりたかったんだ。キミがずっと、ボクに価値を感じ続けてくれるように……。ほら、千代ちゃんの好きな、『優しくて常識的な人』に、なれてるかな?」


 キラキラとした笑顔を向けてくる柊木悠真を前にして、私は頭を抱えた。


 あ、ああ~! あれ、そういう流れだったの……⁉


 十年前に急に「好かれたい!」と言い出して私の希望を打ち砕いた一連の流れの真相を知って、私は涙が出てくるのを感じた。


 違うじゃん! 好きなタイプとか聞かれたら、オタクは推しの話だと思うじゃん! まさか推しの話をして現実で実行されるとは思わないじゃん!


 凄まじいすれ違いっぷりである。


 というか本当に柊木悠真に「キミには存在価値がある」なんて言った? 言ったかな? いや、世界を滅ぼしてくれるありがたい存在だから、価値は確かにあるんだけどさ!


 なんかもうだめだ、血の気が引いてきた感じがする。


「ねえ、千代ちゃん」


 柊木悠真に呼びかけられて、はっとした。危ない、今気絶しそうだったかもしれない。


「……そんな。私、何もしてない」


 いや、本当に。私そんな選択ミスしてないと思うんですけど!


「千代ちゃん……なんて、謙虚な人なんだ……」


 柊木悠真の瞳が、キラキラと尊敬の光を宿して私を見つめる。


 何でそうなるのか本当にわからないんだけど……。こわ……。


 話しが通じなさ過ぎて恐ろしくなってきた。私こいつのこと宇宙人設定にしてたんだっけか。いや人外は桐原陽太だけのはずなんですけど。


「千代ちゃん!」


 ドン引きして距離を取ろうとしていたのに、何故かがっつり顔を寄せられて、ひえっという声が口から洩れてしまった。


 それと同時に、どこからか流れてくるBGM……。


 こ、これは……柊木悠真のテーマ曲……! え、コレイベントなんです⁉ こんなんあったか⁉


 戸惑っているうちに、柊木悠真に手を取られる。その手を強制的に柊木悠真の左頬に当てられ、そこに頬を摺り寄せられた。


「千代ちゃん。キミの望んだボクの姿に、ボクはちゃんとなれているのかな。……なれているんだとしたら、キミはボクを、愛してくれる? キミの唯一の人に、ボクを選んでくれる?」


 こ、これは……。


 告白スチル再現……! 手に頬を摺り寄せる描写が大好きだった私によって生み出された、(黒歴史的な意味で)発狂物のイベントだ。


 き、きちぃ~!


 己の嗜好が如実に出ているイベントの再現に、私の精神力は一気にゼロを振り切った。


 どうすれば土に埋まれるんだ。あ、そうか。死ねば焼かれた後土に埋めてもらえるのか、ははは……さあて、舌でも噛み切るかあ。


 急な黒歴史をもろに浴びた私は、この世からの別離を選択しようとした……のだが、勢いよく柊木悠真に引っ張られて舌を噛み逃した。


 そのまま抱き込まれて、潰れたカエルのような声が出た。


「ごめん、ボク、何だか気が急いちゃって……! 何も、千代ちゃんを急かしたいわけじゃ、ないんだ。ゆっくり考えてもらっていいから」


 だから耳元で松丸君の声で喋るなよ! ほんとうにごめん!


 辛い。何もかもが辛い。でも衝動が一旦過ぎ去ると自殺も怖いし、世界を滅ぼすワンチャンに対する執念も復活する。


「……? 千代ちゃん、泣いてるの……?」


 泣いてるよ! お前の告白スチル再現が痛すぎて泣いてるよ! え、っていうか今もしかして私告白されたのか……? ということは私は潜在的にナルシスト……? えっ?


「千代ちゃんって、昔から、幸せになるのを、怖がってるみたい。何か……何かすごく、怖いことがあるんだね……。大丈夫、守る、守るよ。ボクが絶対に、キミを守るからね……」


 ほぼ自分自身に対して告白するってどういうことになるんだ……?


 だめだもう、何もわからない。


 ただ一つだけ、わかったことがある。


 これもう私、詰んでるわ。


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