第96話 全ては愛故に。
私の目の前で、一体何が起きているというのだろうか。
どうも、こんにちは。橘千代です。
自作乙女ゲームの世界を滅ぼすために、ラスボスの父をそそのかし続けること約半年。私の世界を滅ぼそうよという勧誘を跳ねのけて、何故か柊木梓馬が光堕ちしてしまった。
具体的に言うと、自分の本当の望みは世界を滅ぼすことではなく、家族と幸せに暮らすことだと豪語し始めてしまった。何がどうなってこうなったんだ?
理解が追い付かないまま、何故か柊木梓馬に柊木悠真ごと抱きしめられ、沸かしたお湯で丁寧に淹れた紅茶を振舞われた。
どうして? お茶は美味しかった。
その後、私が隠し持っていた、「柊木悠真が世界を滅ぼすのは、全て私のせい」と書いた懺悔の紙が、なぜか柊木悠真に見つかった。
いざ世界を滅ぼす段階まで来たら、流石に柊木悠真が憎しみの対象になったら可哀そうだな、と思って一応気休めと、あと自戒の為に用意した、懺悔の言葉を記した紙である。
急に「千代ちゃん!」と真っ青な顔で呼び止められたかと思ったら、「これどういうこと⁉︎」とその手の中に握られた紙が見えて、私も血の気が引いた。
いつ落としたのかわからなかったんだけど……。え、私の管理体制もしかしてガバすぎ?
黒歴史ノートの管理体制を強化しなければならない。そう思う一方で、もしかして、世界が滅んでない状態でこの紙が見つかってしまうのも、黒歴史なのでは? と気が付いてしまって私は震えた。
結果、メモを見た柊木梓馬が、どうしてか目の前で膝から崩れ落ちた。
「俺たちの罪さえその身に被ろうとしてくれていたというのか……!」
意味の分からない言葉を投げかけられ、ついでに泣かれた。
「君は柊木家の救世主だ……」
そう言われた時は、意味が分からなさ過ぎて流石にドン引きした。
いやあれただの事実書いた紙なんですけど……。己が業の深さと、世界を滅ぼすという野望を忘れない為に持ち歩いていたんですけど……。
寧ろ私はこの柊木家を、正しく世界を滅ぼす世界線に誘導しようとしていたんですけど……。
そんな私の心情を知らず、柊木梓馬と柊木悠真はしきりに感謝の言葉を述べ、頭を下げている。
困惑ここに極めれり、といった地獄の様相だ。
けれど、何でも願いを言ってくれればそれを全力で叶える、と言われたらので、流石に便乗することにした。
手柄はなくとも願いを叶えると言われれば、私は遠慮なく使わせてもらいますよ、ええ。
「世界を、壊してくれますか?」
この世界に生まれ落ちてからずっと願っていた望みを、迷いなく言う。柊木梓馬は目を見開いて、それからさらに号泣し始めた。
「ああ、ああ……! 今までの、憎悪に塗れ、閉鎖された我が家の世界は壊すさ……! ありがとう」
的外れなことを言われて、目が点になってしまった。
自己解釈スキルEXか? もう何を言っても無駄な気がする。
私は心底泣きたい気持ちになっていた。柊木梓馬まで光堕ちしちゃったら、誰がこの世界を滅ぼしてくれるっていうんだよ……!
諦めきれない私は、何度も柊木梓馬と柊木悠真に世界を滅ぼしてくれるようにお願いしまくった。
けれど、その全てを光堕ちした二人の都合の良いように解釈されてしまい、何故か逆に神聖視されてしまって絶望した。
そんな風に日々を過ごしているうちに、柊木梓馬はとんでもないことを言い出すようになったのである。
「キミのことはもうすでに、家族同然に思っている。キミも、悠真のことを憎からず思ってくれているんじゃないか? 将来的には、ぜひうちに嫁に来なさい」
起こっている全ての事象が受け入れがたく、私はそのまま気を失った。
目が覚めると、自室のベッドの上だった。どうにも、自宅のベッドまで柊木悠真が運んでくれたらしい。追い打ちかな?
私は一人、自室の天井を見上げながら、今までに起こった物事を振り返っていた。
この世界で産声を上げた時、私はラッキーだと思っていた。前世の記憶を持ったまま生まれるなんて、やりたい放題じゃんと思ったのだ。
けれど、柊木悠真との出会いによって、その思考が全くの間違いであったことを理解した。何故ならこの世界が、前世で自分が書いた乙女ゲーシナリオの世界だと気が付いたからだ。
そして始まる地獄の日々。自分が考えそうな言い回しで声をかけてくる、自分が妄想した通りの顔をした攻略対象。再現されるスチル。どこからか流れてくるテーマ曲。攻略対象たちに関わると、目のあたりに影が落ちて顔が見えなくなる人々……。黒歴史の再演。
しかも、呪いのように次々と攻略対象たちと知り合ってしまった。様々な理由で逃亡することも出来ず、自分の黒歴史と向き合って死んだ目をしているうちに、何故か家に強襲されるようになった。
お前らもしかして、私が作者だってことを、本能で嗅ぎつけているのか? 適当な設定で生み出した、私に対して復讐しに来てんのか?
そう思わざるを得ないほど、気が付けば攻略対象たちに囲まれていた。そして増える苦しみ。
これを地獄と言わず、何というのだろうか?
だからこそ私は、この世界の存在そのものをなかったことにしたいと、そうするべきだと早々に決意し……。世界を滅ぼすと決めた。
その為にできることは、何でもしてきたつもりだ。具体的に言うと、一番してきたことは世界滅ぼすの、イイネ! というヨイショなんだけども。
それでも私にできることは最大限してきたつもりなのだ。ラスボスとその原因の体作りの手伝いとか、世界滅ぼしメンタルのサポートとか……。
あれ、こうして挙げてみると、もしかして私大したことしてない?
そのせいだろうか。気が付けば、私が描いていた、世界滅亡への希望の道筋が、閉ざされていたのだ。
なんで!
私は両手で顔を覆った。
だめだ、整理して落ち着こうと思ったけど、落ち着けるようなことじゃないし、落ち着いていてもしょうがないな、これ。
私は乙女ゲームが好きだ。
どれだけ漫画を読み込んでも、推しカプがくっ付くことの少なさに絶望したし、気が付くとマイナーカプばかり推していて、誰とも語り合うことができずに嘆いていた。
けれど、乙女ゲームでは、推しカプは幸せになってくれた。そこでさらにサブキャラクターを好きになるという修羅の道に行っても、乙女ゲームなら、FD(ファンディスクと呼ばれる、本編ファンの為に描かれる、IFストーリーやアフターストーリーが満載の続編ゲーム)でサブキャラクターが攻略対象に昇格する可能性や、そうでなくとも短いエンドが作られたりする可能性があるのだ。
そして何より、全てのカップリングが公式カップリングなのだ。どのカプリングを好きになっても、全てのカプリングが「史実である」ということになる素晴らしさを、理解してもらえるだろうか?
様々な困難を乗り越え、固い絆を愛で結ばれた推しカプの幸福を、見守れる幸せをくれる乙女ゲームを、私は本当に愛している。
だからこそ、私はこんな世界を……こんな合成キメラクソゲーの存在を、決して許してはいけないのだ。
この世界の存在そのものが、乙女ゲームへの侮辱に他ならないのだから。
まかり間違って、私以外の人間に前世の記憶があったとする。そんな時に、こんなクソゲーを、乙女ゲームとして認識されたりしたら、乙女ゲームへの風評被害が酷すぎる。
だから私は、諦めるわけにはいかない……諦めるわけには、いかないのだ……!




