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第87話 私は仄かな希望の光を見逃さない。絶対にだ。

 ヘイみんな、生きてる? 私はもうそろそろ生を終えようか悩んでいるよ!


 自分の恥部と言うべき自作乙女ゲームの世界に生まれ変わっただけでは飽き足らず、ついに絶対に会いたくなかった攻略対象たちをなぜかコンプ。世界を滅ぼしたくてここまでなんとか生きてきたけど、もう終わりだよと思って死のうと思ったら、それも邪魔されちゃってさあ大変!


 生来の、いや前世からのビビりなんだけどどうやったら楽に死ねるのかな。もう終わりなんじゃないかな。もう、死しか救いはないんじゃないかな。


 鏡の中の私の目は、濁り切っていた。


 なぜこんなことになってしまったんだろうか。


 私は心の底から絶望した。


 私は自分の作った攻略対象たちと仲良くなりたいとは全くこれっぽっちも思っていなかったのだが、黒歴史世界に転生するだけあって、やはり何か罪を背負っているとしか思えないような出会いっぷりである。


 しかも、そろそろ中学生になろうかという頃なのだが、最近攻略対象たちが声変りをした。


 簡単に言うと、地獄だった。


 私がなんとなく妄想で決めていた声優の声が、攻略対象たちの喉から発せられたのである。


 それも、高校生の頃に適当に決めた配役より、さらに後年の私の好みを反映した最新の推しキャスティングがされていて、舌を噛みちぎりたくなった。


 なんで推しの声優に黒歴史朗読されてんだ、私。


 しかも中音域の、透明感のある声が好きだったせいで、完全に似た系統の声優ばっかり大集合してるんだよな。


 キャラ分け、属性分けを考慮しない、欲望にまみれたキャスティング。目の当たりにすると恥ずかしすぎて泣いた。


 ここから先は、一乙女ゲーマーの想像を交えた話になるのだが、乙女ゲームにおいて、キャスティングは非常に重要だと言われている。


 というのも、乙女ゲーマーの内訳には、夢女子、男女の恋愛もの好きの他に、声優ファンも存在するからである。


 乙女ゲームは、テキストゲームの一種だ。そして、多くの場合フルボイスである。


 台詞数は多く、バックログという、読み終わったテキストをもう一度表示する機能が大抵備わっている。さらには、巻き戻し機能が付いている場合もあり、一度読んだ台詞の音声をもう一度再生できる機能も備わっている。


 もうおわかりだろうか。そう、乙女ゲームというのは、声優の声や演技を聞くのに、最適なジャンルなのである。


 なので、推し声優の声を聴きたいが為に乙女ゲームをプレイする層というのが、一定数存在するのだ。


 そして、そういったファンは、内容云々をチェックするより先に、出演声優のチェックを欠かさない。自分の推している声優の出演作を買っていくのである。


 勿論、どうせなら面白い作品がやりたい人もいれば、内容はどうでも良いという層もいる。


 乙女ゲームを評価する際、大体はシナリオ、雰囲気(世界観など)、声優の演技なんかが語られるものだが、それにかける比重は、人によって全く異なるのである。


 そういうわけで、乙女ゲームのキャスティングは非常に重要だ。どの程度お客を引っ張ってきてもらえるかが、ここで決まるからだ。


 その為、攻略対象は基本、ある程度名の売れている人が選ばれることが多いように思う。新人声優なんかは、サブキャラクターに選ばれることはあっても、攻略キャラクターに選ばれることは少ないのだ。


 だからだろうか。乙女ゲームのキャスティングというのは、偏っている場合が多い。というより、完全に、乙女ゲームによく出る声優と、全く出ない声優とが、分かれることになるのだ。


 乙女ゲームによく出る声優というのは、本当にどの作品を見てもこの人いないか? みたいなレベルで出現する。逆に、その路線でない人は、出ていても一本とか二本とか。下手すればサブキャラで出れば御の字みたいなことになるわけである。


 これは、女性ファンを引っ張ってこられる人が選ばれているのだろうな、と想像しつつ、乙女ゲーマーとしては推しの声優に乙女ゲームに出てほしくてたまらないのである。


 あとできれば攻略したい。


 そんなわけで、『ロストタイム』のキャスティング妄想は完全に私の飢えが反映されていた。


 違う。確かに攻略したいとは言ったけど、この世界でリアル攻略がしたいわけじゃない……! 画面の向こうにいる男として、私の推しのヒロインちゃんで攻略したかったんだ……!


 ちなみに全員、声変りが終わった後の第一声を聞いた瞬間、膝から崩れ落ちてしまった。まだ聞きなれていないせいで、暫くは同じ反応をすると思う。


 どうしてこんな酷いことができるんですか、神よ。ねえ神ったら。


 そんなわけで、私の絶望は海よりも深く、山よりも高いことになっていた。


 もう私、高校までの三年間を生きていけるだけの気力がないよ……。


 それに最近の柊木悠真、キャラが違いすぎて高校生になったら本当に世界を滅ぼしてくれるのか、怪しくなってきたよ……。




 自暴自棄になった私は、夜の街を徘徊するようになった。攻略対象たちの目から逃れられる時間に、死に場所を探すようになったのである。


「どうすればー楽にーなれるのー」


 適当に作った歌を歌いながら徘徊し、大きな木を見上げて首を吊る妄想をしてみたり、電車の線路に駆け込んで全身がバラバラになる妄想をしてみたりした。


 普通に怖くて困る。あと、電車の人身事故は遺族に降りかかる賠償金がえぐいと聞いたのでよくない。


 何日か徘徊する日々が続いたある日の夜、一人の成人男性とすれ違った。


 ……あれ、今の顔、なんか見覚えがあるような……?


 最初に思ったのはそんなことだった。それから、夜の徘徊の、何度かに一度くらいのペースで、その男性とすれ違い続け、何かもやもやと思い出しそうで思い出さない日々を過ごした。けれどある時、私は唐突に気が付いた。


 柊木悠真の父親だ、あれ!


 そう。それは、私が設定していた柊木悠真の父親の姿だったのである。


 すっきりしたー! そうそう、柊木悠真のオトン、柊木悠真に世界を壊すように誘導する重要な役割だったから、ちゃんと立ち絵を用意してたんだよね。それに、柊木悠真ルートの最後にはヒロインと敵対する存在でもあるし……。あれ?


 私はそこでふと、思った。どうして柊木悠真の父とヒロインが対峙するシーンを書いたのだったか、と。


 勿論、柊木の家の野望を叶えるためと言われればそれまでなのだが、わざわざヒロインとの対峙シーンまで書く必要性は感じない。あくまでラスボス……闇の力(笑)を持っているのは、柊木悠真自身なのだから。


 それなのに、柊木悠真の父とヒロインが対峙するシーンをきちんと書いたのは、何でだったっけ……?


 ああ、くそ。どうして黒歴史ノートにはこれが書いてなかったんだよ……!


 そこまで考えて、はたと思い出した。そうだ、私はまだ、黒歴史ノートの中で読んでいないページがあったじゃないか、と。


 思い立った瞬間、慌てて家へと舞い戻る。鍵をかけて封印している机の棚を引き出して、黒歴史ノートの中の、さらに黒塗りされ禁と書かれているページの先を開いた。


「これは……!」


『柊木梓馬。


 すべての元凶。闇の力の継承者であった妻と結婚したが、確かに愛のある夫婦だった。愛してしまったのだ。


 その為、息子に「愛する妻を奪われた」という考えを捨てることができなかった。


 息子に恨みを抱いており、息子に「自分の滅ぼした世界でただ一人孤独になること」を望んでいる。』


 青天の霹靂、と言えばいいのだろうか。その時私が受けた衝撃は、凄まじいものだった。


 あまりにも、あまりにも自分が――バカすぎて。


 なんて重要な情報をど忘れしてんだよ! 「大体の流れは流石に覚えている」とかドヤ顔で豪語してたのはどこの誰だよ! 私だよ! アホ、間抜け! お前のか―ちゃんでべそ! うそ、前世も今世もかーちゃんはでべそじゃなかった。ごめん。


 兎にも角にも、急に世界が色鮮やかになった気がした。今まで目の前に立ち込めていた暗雲が、いきなりパーッと晴れていったような感覚だったのだ。


 これは、ワンチャン世界を滅ぼせるのでは……⁉


 柊木悠真にその気がなくても、柊木梓馬をけしかけさえすれば、世界を滅ぼす流れに持っていけるかもしれない。


 鬼畜? なんとでも言ってくれ。世界を滅ぼすと決めた時点で、私は悪魔に魂を売ったのだ。


「やったー! 世界、滅ぼすぞー!」


 私は自室でぴょんぴょんと飛び跳ねた。久しぶりに、晴れやかな気分だった。



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