第82話 百田七緒:容姿
百田七緒の人生は、生まれ持った容姿に振りまわされ続ける人生であった。
七緒が自分の容姿が良いのだと気が付いたのは、弱冠五歳の時だった。幼稚園のお泊り会の際、七緒の隣で眠りたいのだと言い出した子供たちが、凄まじい数だったのだと判明した時だ。
勿論、誰が誰と一緒にいたいだとか、そんなデリケートな情報は、本来本人には開示されない情報だ。先生方の方でこっそりと、個別にアンケートを取って、マッチングが成功したり失敗したりしてどうにかまとめていくはずだった。
けれど、七緒に関して言えば、供給に対して需要が圧倒的に多すぎたと言えた。
それに対して、七緒は「誰と一緒でも嬉しい」だなんて、コミュニケーション強者の台詞を言い放ったのが問題になった。
どうすれば良いのだろうかと困り果てた先生たちが、どうにか七緒側に選択をしてもらおうと、「実はね……」と、前述した状況を教えたのだった。
七緒は首を傾げながら、それなら、と特に仲の良い子の名前を上げ、家に帰ってから両親にその事実を話したのだ。
両親は困った顔をした末に、頬に手を当て呟いた。
「やっぱり……」
と。
結局、両親は迷った末に七緒に言い聞かせることにした。
「七緒。アンタはね、顔が……可愛いのよ!」
可愛い可愛いと言われながら育った七緒は、今更何を言い出すのかと不思議そうにした。
けれど、ニコニコとしながら言ってくる普段とは違って、その時の両親は、真剣な顔をしていた。
普段と違う空気感を感じ取って、七緒は瞳を揺らす。
「親の欲目って言葉があってね、自分の子供は世界一可愛く見えるものなのよ。でもね……。アンタはそういうのとは、違うの!」
「え?」
「本当に、客観的に見て、純粋に、顔が良いのよ!」
「かおがいい……?」
なんだか母親の勢いがすごいことはわかったが、七緒には少し難しい話の様な気がした。
困惑して父親に視線を投げると、父親も困ったような顔をしていて、目が合うと力なく微笑んだ末に、言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。
「ナナくんは、何が好きなんだっけ?」
「お姫様と王子様!」
「ああ、そうだね。ナナくんは御伽噺が好きだったね。……それって、皆も同じように好きかな?」
「わかんない……かなちゃんとかヨーコちゃんは好きだと思うけど……。アオくんとかたっくんは戦隊ヒーローとかのが好きだと思う」
「そんなんだ。皆好きなものがあって素敵だね。でも、人によって好きなものが違うってことは、わかったかな?」
「うん!」
「流石、ナナくんだね。……それで、話を戻すよ。人によって好きなものは違う。だけど、好きになる人の数が多いと、どうなるかわかるかな?」
「人気者になる……?」
「そうだね。その通りだと思う」
それは、良い事なのではないだろうか?
七緒のそんな疑問の声を聞き取ったように、父親は言った。
「それは、必ずしも良い事とは限らない」
「どうして?」
「さっきも言ったように、人によって好きなものが違うだろう? 勿論、ナナくんにも好きなものがあるよね」
「うん!」
「勿論、あんまり好きじゃないものや、苦手なものだってある」
「うん……」
「そういう時……。もしも、ナナくんがあんまり好きじゃない子が、ナナくんを一方的に好きで、ずっと一緒にいたがったら……ナナくんは、どう思うかな」
七緒は想像する。いつも声が大きいみなちゃんのことが、七緒は少し苦手だった。
けれど、みなちゃんは七緒が好きで、いつも一緒にいようとしたら……。
「嫌かも……」
「そうだよね」
父親は七緒の髪を撫でつけて、ゆっくりと言った。
「ナナくんのこの可愛いお顔は、そういう自分勝手な好きの気持ちを引き寄せてしまうかもしれない。だからナナくんは、ひとより少しだけ気を付けて、お友達と接してあげたほうがいいかもね」
父親の話はやはり少し難しかったが、なんとなくわかるような気もした。
つまり七緒は、特別なのだ。
だから、特別な七緒が、気を付けてあげなければいけない。
七緒はそんな風に考えて、頷いた。
年齢が上がるごとに、父親の言いたかったことがよくわかるようになっていった。
七緒の側には常に女の子がいた。
七緒が望むと望まざるとに関わらず、彼女たちは七緒に好意を向けてくる。
勿論、良いことはあった。七緒の希望は勝手に通りやすくなったし、彼女たちは常に七緒に優しかった。
時折押しの強い子もいたが、大抵は他の女の子が何とかしてくれた。
問題だったのは、寧ろ男の子の方だった。
「やーい、男女!」
「女とばっか遊んで、中身まで女になったんじゃねーの」
そんな風に揶揄われた低学年のころは、まだましだった。しかし、少し学年が上がると、もう少し巧妙に嫌がらせをされるようになる。
通りがかりに足を引っかけられて転ばされたり、一番後ろの席にプリントを回されなくなったり……。
陰湿な、と思ったけれど、多分、きっと。七緒を取り巻く少女たちの中に、意中の子でもいたのだろう。
そう思うと、仕方がないような気もするし、あまりにも理不尽な気もする。
七緒自身が何をしようとも、関係ないのだから。
七緒の複雑な心境を置き去りにして、日々は飛ぶように過ぎて行った。
そんな時だった。




