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第80話 死は救済って相場が決まってる。

「ナナくん……?」


 おばさんは、最初はそんな囁き声をもらした。それをきっかけにして、彼女の声は声高に変化していく。


「ナナくん、ナナくん、ああ、ナナくん! 私よ、ほら、わかるでしょう! あなたの愛するお姉さんよ! ああ、やっとあなたと愛し合える時が来た、嬉しいでしょう? 嬉しいわよね、そうよね! ああ、あなたと一つになりたいの、あなたと混ざり合いたいの、あなたのその綺麗な顔と、同じ顔をした子供も欲しいの!」


 両手を自分の頬に当てて、恍惚とした表情で矢継ぎ早に放たれる言葉に、私は吐き気が止まらなくなった。


 ああ、このセリフ……私が書きそ~!


 そう思ってしまう自分が嫌すぎて吐きそうだ。どうか、おばさんの口をガムテープで止めてはもらえないだろうか。


 一言発されるたびに、私の心のやわらかい部分がゴリゴリと抉られていく感じがする。


「ヒッ……」


 私が考えそうな言葉で怯えている美少年が、目の前にいるのもきつすぎる。


 え、もしかして私がこの子にやばいことしてるってことになる、これ?


 そう考えるといたたまれなくなってきて、脳内で百田七緒に優しく語りかける。


 よしよし、よーしよし……。怖くないよ……怖くないからね……。まあこのおばさんの気色の悪い言葉は、多分私から出てきてるんだけど、ガハハ。


 死にたい。


 なんかもう辛くなってきた。今すぐここから消えたいんだけど、どうすればいいんだろうか。


 私の死んだ目に気付かず、おばさんはハイになっていく。


 ここがダンスフロアだったら熱狂、という言葉で表現されたであろう熱量だ。


「それなのに、どうしてそんな女があなたのそばにいるの、どうしてあなたを抱きしめているの、どうして私じゃないの。どうして……どうして、どうして、どうして、どうして!」


 百田七緒の知らないおばさんだからですね……。あと言っちゃ悪いけどおばさんふくよかな体型だし、特に美人でもないし、年齢も百田七緒の何倍なのって感じだしね……。


「私のものにならないなら……せめて、一つになりましょう?」


 おばさんが、急に静かになった。だらんと腕と頭をたらして、踵を返す。そのままどすどすと部屋を出ていき、けれどすぐに帰って来た。


 その手には、包丁が握られていた。


 こ、これだー!


 私は急に世界に光が差し込んだ気がした。これしかないんじゃないかと思ったのだ。


 なんだかんだで、死ぬかあと思っては考え直していたけど、最近の柊木悠真の様子は、世界を滅ぼす気がなさそうな感じがしていて絶望していたし、攻略対象たちはフルコンプしちゃうし、家にも外にも居場所がないし……。世界を滅ぼす望みが薄くなってきたのに、自殺する勢いがビビりのせいでなかなかでないし……。


 といった感じで、正直八方ふさがりだったのだ。


 だからこそ、降って湧いた、この世界との別離のチャンスに、私は舞い上がった。


 ここで刺し殺してもらうしか、ないんじゃないかな⁉︎


 私は意気揚々と声を上げた。


「殺すなら、私を……!」


 どうか私をこの世界から脱出させてくれはしないかね、おばさん! そうしたら、誘拐のことも許しちゃうぞ!


「なんで……! ダメ、ダメだよ、やめてよおばさん! お姉さんも、そんなこと言わないでよ……!」


 私の下で百田七緒が何か一生懸命言っている。


 そうだよね、私が先に死んだら、君盾がなくなるし、人が目の前で殺されるトラウマ植え付けられるしで、いいことなんにもないもんね。身勝手でごめんね。


 でも私、ここにくるまでにもう限界ギリギリまで追い詰められてるんだよね。メンタルが。許してとは言わないから……。


 私は百田七緒の顔を見つめて、謝罪した。


「……ごめんね」

「あああああああああ!」


 おばさんの絶叫が聞こえる。包丁を手に、こちらに走り寄ってきているみたいだ。


 ああ、この世界を滅ぼせなくて残念だけど、嫌だけど、本当に辛いけど。でもこれで、やっと終わるんだ……。


 世界が祝福であふれているような、何とも言えぬ幸福感を感じながら、私はそっと目を閉じた。


 ……どうしてだろうか。痛みが一向にやってこない。


 ああ、意外と一瞬で死んだ時は、痛みを感じないものなのかなあ。


 そう思ってそっと目を開ける。泣きじゃくる百田七緒が胸元に縋りつくようにくっ付いている。ちょっと失礼。


百田七緒を肩を使って跳ねのけ、どうにか上体を起こそうとすると、隣から何者かの手が伸びてきて支えてくれた。ああ、これは失敬。


……ん? これ誰の手だ?


 何者かの手を借りながら、恐る恐る振り返ると、そこには地獄絵図が広がっていた。 


「おねーちゃん、良かった!」


 微笑む桐原陽太がいて。


「なァンだ、結構ピンピンしてんじゃねェか」


 おばさんを拘束している蓮実玲児がいて。


「無事でなによりだ、千代」


 冷静な表情の水瀬慧斗がいた。


 ……と、いうことは? この手の持ち主は?


 視線を向けると、当然だとでもいうような態度をした柊木悠真が、輝く笑顔でそこにはいた。


「助けに来たよ、千代ちゃん」


 ……言いたいことは沢山ある。お前らどうやってここまで来たんだ、とか。どうして誘拐に気付いたんだ、とか。なんで大人連れてこないでお前らが来てんだ、とか。


 けれどここが私の作った乙女ゲーである限り、答えは明らかなのだ。


 ああ、ガバガバハイスペック設定のせいなんだろうな……と。


 地獄である。


 ああ、神様。どうして私の救いを邪魔するんですか?


 私の祈りは、どこにも届くことなく、消えた。



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