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第79話 地雷は己で回避するもの。

「ん、うぅん……」


 すぐ隣からそんな声がした。どうやら、百田七緒の意識が戻りかけているらしい。


 ま、まずいな~! この子の目が覚めたらなんだかよくわからないが「怖いこと」が始まってしまう可能性が高い。


 今は、目撃されたという理由で、ついでに連れてこられた私にだけ、意識がある。しかし、誘拐犯のおばさんは、私には一瞥もくれることなく、鼻歌を歌いながら部屋を出て行ってしまった。恐らく、私の処理はあとでいいと思っているのだろう。


 眠れ、頼む、眠っててくれ。現状を打破する名案を私が思いつくまでは、キミは眠らねばならん。


 願いを込め、小さな声で囁く。声に念を込めるのだ。


「まだ……寝てて」


 もし起きててもこれで察してくれる賢い子であってくれ。というか実質私の分身なんだから察してくれ。


 私は念を込めながら、果たしてどうするべきかと悩む。


 正直、この貧弱ヒョロガリボディにできることは、通常の状態ですら限られている。


 何しろ、自分でペットボトルの蓋を開けることさえままならないのだ。いつも隣にいる柊木悠真が勝手に奪って開けてくれているくらいだ。


 正常な状態ですらそのざまなのに、現状縛られているせいで、左右前後に転がることくらいしか本当にできそうなことがない。圧倒的役立たずである。


 この誘拐事件に巻き込まれることがわかっていたのなら、スマホを盗み持ったりとか、何かしらの対策はできていたのかもしれないが、生憎ここは私が作った乙女ゲームの世界。


 誘拐事件が起こる時期をアバウトに小学生のころとしか書いていなかったので、全く警戒していなかったのである。


 というかまず、攻略対象に関わる気もなかったしね!


 冷たい、人でなしという非難も結構。当事者にさえならなければ、知らんふりができる冷酷な人間なのだ、私は。


 しかし、いざ目の前で事件が起こるとなると、流石に寝覚めが悪い。攻略対象たちにも、愛情がないわけではないし。ここまで来たらどうにかしてあげたい気持ちはあるのだ。


 まあ、もしどうにもできなかったら、この世界ごと怖かった記憶とおばさんを消してあげるからね!


 そういう心づもりだ。ぶっちゃけ駄目ならそれでごめんねくらいの軽い気持ちでいる。


 そんな私の考えを見透かしたように、おばさんがスケスケのベビードール姿で巨体を揺らしながら部屋に入って来た。


 私たちを誘拐したおばさんは大分ふくよかな人だったのだ。


 っていうか、なんでこの人ベビードール着てんだ。スケスケだと子供の教育に悪いのでやめてほしい。


「あらぁ……。ナナくんったら、寝坊助さんなのねぇ……」


 おばさんがねっとりとした声を出しながら、百田七緒を見つめた。その目は、異様なほどの熱をまとっている。


 率直に言ってしまえば、それは情欲の色を宿していた。その姿に、私は背筋が凍りつくのを感じた。


 あ、あかーん! これまずいやつです! 子供の情操教育に非常にまずいやつです!


 勝手に、「可愛い百田七緒を自分の子供にしようとするのかな……」なんて考えていた私がのんきだった。これは非常にまずい。


 っていうか、詳細を決めていなかったのに何で私の想像と違うイベントが起きるんだよ! と絶叫したい気持ちになったが、恐らくはプレイしたゲームの影響だ。


 毒親選手権みたいなPCゲームでCERO? 知らんなあ、とばかりに可哀そうな目に遭っていた攻略対象たちの姿が、記憶として根強く残っていたのだろう。


 PCの乙女ゲーム、軽率に全裸のスチルとか出てくるときあるからプレイするとき気を付けた方がいい。あと、リアル寄りの設定だと、バッドエンドや過去が本気でえぐい時あるから評価を調べよう。


「でもぉ……そろそろおはようの時間よ……ナナくぅん……。お姉さんと、楽しい時間を過ごしましょうねぇ……」


 言いながら、百田七緒の方に手を伸ばすおばさん。絶体絶命のピンチである。


 駄目ならごめんとか言ってる場合じゃねー! ストップ、幼児に対する性的虐待!


 私の地雷イベントは幼児虐待と性犯罪である。


 自作ゲームで地雷踏み抜かれてるの何……? 畜生、誰だよイベントの詳細を決めていなかったバカ。私だ。本当にすまない。


 私は腹に力を入れて、百田七緒の方へと強引に体を倒し、ずりずりと芋虫のように体を引きずって、どうにか彼に覆いかぶさる。そうやって、彼の姿をおばさんの目から隠した。気分は伝説の盾である。


 すべてはそう、自分の地雷を目の前で見たくないが為に!


 置物くらいに思っていたであろう私が、急にそんなことをしたので、当然、おばさんは烈火のごとく怒り始めた。私を百田七緒から引きはがそうとしているのか、背中をばしばしと叩いてきたり、髪を引っ張ってきたりと忙しない。


「何よアンタ、どきなさい! まさか、私とナナくんの間を引き裂こうとして、ここまで上がり込んできたのね!」


 い、いやいや、ここまで連れ込んだのはおばさんなんですけど!? え、言いがかりやばない? 日本語が通じないおばさんにしたんだっけな、私。


 あと普通に叩いたり引っ張ったりするのやめてほしい! めちゃくちゃ痛くて涙出てきた!


 おばさんのとんでもない言い草に驚愕していると、私の下で百田七緒が身じろぎをしていることに気が付いた。どうやら、完全に目を覚ましてしまったらしい。私に覆いかぶさられた時に目が覚めてしまったのだろうか。


 すまん、今絶賛修羅場! もうちょい寝てて!


 私は先ほどのように、百田七緒の顔の近くに口を寄せて、囁く。


「ごめん……ね。もうちょっと、寝てて」


 けれど、百田七緒は瞳に涙の膜を張って、首を大きく横に振った。


「だめ……だめだよ、どうしておばさんは、お姉さんをいじめるの!? 僕たち、何にもしてないよ! お家に帰してよ!」


 百田七緒が出した大声に、おばさんはようやく彼の意識が覚醒していることに気が付いたようだ。

 まずい! くそっ、こんなことなら百田七緒にワンパンして意識を刈り取っておくべきだった……!


 縛られてるから無理だね、うん。そもそもそんな腕力私にないしね。


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