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第7話 人間の理想像について。

 表情筋が死んでいる柊木悠真と、表情筋が死んでいる私は、気が付けばセット扱いを受けるようになっていた。友達のいない柊木悠真の面倒を、いつの間にか私が全面的に請け負わされていたのも、それを加速させた。いやなんでだ。先生仕事してくれ。この世界の住人の適当さ、百パーセント私由来なのが辛すぎる。


 まあ、世界滅亡のサポートができるんなら、別にいいんですけどね!


「ボクは……この世界を、壊さなきゃいけないんだ。ボクは、そのために生まれてきたから……」


 今日もなんか言ってるな……。


 私は生暖かい目を向けながら、柊木悠真の手を握る。


 気分的には、赤子をあやす母親である。そうだね、おぎゃあだね。


 反射的にそうしてから、はたと気が付いた。


 え? 世界壊す? もしかして今、世界を壊すとか言いました? やったー! もしかしてミッションコンプリートでは?


 かつてない程に気分が高揚するのを感じる。


 ヨッ、社長! 仰る通り! アンタが世界一だよ~!


 気分はゴマすり係長である。ヨイショ!


 テンションを上げる一方で、あまりに安直な中二台詞に胃が痛むのも感じていた。


 あのさ、ボキャブラリーって知ってる? あ、これ過去の私への台詞ね(笑)。


 完全に胃痛を気分の高揚が上回っていた私だったが、続く柊木悠真の言葉に、急速に胃痛が強まることになった。


「ボクにはそんなことしか、できないから」


 ……幼児の目が死んでいるの、誰のせいですか⁉ 責任を取ってくださいよ! ……私でーす!


 クソッ! 責任ってどうやったら取れるんだ⁉ あ、この世界をなかったことにすれば責任取ったことになるな、よし!


 そう結論付けることで、なんとか罪悪感から逃れようとしたのだが、気が付いてしまった。世界を滅ぼすのは柊木悠真の力であり、私は柊木悠真におんぶにだっこで全てを終わらそうとしている……。


 もしかして私、無責任すぎ⁉ っていうかもしかして、柊木悠真、有能すぎ⁉


 あ、あわわ……。せめて、せめて柊木悠真のメンタルを一瞬だけでもなんかこう、アレして罪悪感を減らせないだろうか。


「……キミは、ありがたいよ」


 渦巻いた思考の先で、ただ一つの本音がこぼれ出た。


 いや、本当にありがてえ。柊木悠真(世界滅亡装置)がいなかったら、私は絶望の底にいたことだろう。もしかしたら、絶望のあまり既に身を投げていたかもしれない。……この世界の存在を、残したまま。


 そんなことはあってはならない! パソコンのデータは消してからじゃないと死ねない!


 早くこの世界を滅ぼして、森羅万象をなかったことにしような。そうして君の悲惨な人生も、私の黒歴史も、全てまとめて闇に葬ろうな。


 強い気持ちを込めて、柊木悠真の目を見つめる。


 しかし、そんな私の内心など露と知らぬ柊木悠真は、不思議そうな顔でこちらを見つめてきた。


 じっと見られていると、脂汗が浮かんでくる。


 まずい。何か突っ込まれたらなんと答えればいいのか、全くわからない。それに、これで柊木悠真のメンタルをアレできた感じは全くない。というか、ただの失言では?


 幸い、気づかぬフリをして目をそらしたら、何も言わずに解放して貰えた。


 けれど、翌日、気を遣ったらしき柊木悠真に、「ボクには、ちよちゃんがありがたいよ」と言われてしまい、何とも言えない気持ちになった。


 いや、そういうのいいから……。ごめんね、おばさんに気を遣わせちゃってね。


 それからも、柊木悠真はぽろぽろと悲しき中二台詞をこぼし続けた。


「僕は早く、ひとりきりにならなきゃいけない」


 そんな言葉をこぼした時には、胸を撃ち抜かれたような痛みに思わず柊木悠真に向かって倒れかかってしまった。


 辛い。黒歴史と子供を不幸にしているという現実がダブルパンチで私を襲ってくる。


 柊木悠真は、ちらりとこちらに視線を向けたけれど、特に体を引き離そうとはしなかったので、申し訳ないが暫くクッションになってもらった。


 すまねえ……子供を不幸に陥れた挙句、介護までしてもらって、ほんとうにすまねえ。


「みんな、消えちゃえばいいんだ」


 そう言われた時は、流石に罪悪感を抱くより先に、生暖かい視線を向けてしまった。


 それ、中二病患者が絶対に一回は言ったことあるやつ~!


 プークスクス、みたいな笑い声をあげそうになったけれど、自分の言葉だと思い出すと真顔にならざるを得なかった。


 反射的に煽りかけてごめん……。そうだよな。この世界の罪は、全部私のものだったよな……。お前が痛いわけでも、悪いわけでもないって、私、忘れてたよ……。


 一周回って悟りを開いたような心地になった私は、微笑む。謝罪の気持ちを込めてゆっくりと柊木悠真の手を握り、心の中で、呟いた。


 お前は、悪くないからな……。


 そんな風に、世界の滅びに向けて柊木悠真の気持ちを盛り上げていると、ある日、こんな問いかけをされた。


「ちよちゃんは……どういう人がすき?」


 やっべ、話を聞いてなかった。一体何の話だ。


 そう思って首を傾げると、補足するように柊木悠真が言った。


「えっとね……その、どういう人と、いっしょにいたい?」


 どういう人と……?


 柊木悠真が何を尋ねたいのか、全く理解できない。というより、話の流れを聞いていなかったせいで、何の話か全くわからない。まさか、柊木悠真に限って恋バナ的な話のわけもあるまいし。


 まずい。このままでは、話を聞いていなかったことがバレてしまう。将来的な保険の為にも、ここで柊木悠真との関係は良好にしておきたいというのに……!


 いや待て、落ち着け。よく考えるんだ。


 ふむ。どういう人が好きか……。なるほどこれは、人間の理想像について聞かれているということか。

 私は納得してひとつ頷く。


 人間の理想像について聞きたい? それって、乙女ゲームの推しの話?


 それならば簡単だ。私は過去にプレイしてきた乙女ゲームで、完全に自己分析ができている。


 私は周りの乙女ゲーマーに「光の乙女ゲーマー」と称されたオタクだ。勿論まともで優しい人が好きだ。


「優しい人」

「やさしい?」


 首を傾げる柊木悠真に、私は大きく頷く。


 自分が光の乙女ゲーマーであるという絶対的信頼が、私を自信に満たしていた。


「うん、優しくて……常識的な人」

「ジョウシキテキ」


 難しい話だ。


 乙女ゲームにおいては、優しくて常識的な攻略対象の方が、正直言って少ないからね。刺激的で面白いルートが作りづらいからね。


 うんうんと頷いていると、柊木悠真がぎゅっと両手を握って、こくりとひとつ頷いた。


「ボク……がんばるね!」


 ……頑張る? 一体何の話だ?


 そう思ったはいいけれど、問い返してしまうと、柊木悠真の話を聞いていなかったことがバレてしまう。


 私は適当に頷いて、都合よく解釈しておくことにした。


 うんうん、頑張って世界滅ぼそうね~! 目指せ、世界の滅亡! 希望に満ちた無の世界に、私はこの世界を導くぞ~!


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