第73話 水瀬彗斗:類似
柊木悠真曰く、橘千代という少女は、一人でいる子供を放って置けない性質らしい。
その中でも、その中にある『寂しさ』を嗅ぎ取っている節がある、と悠真は言った。
「……つまり俺は、その寂しい子供だと?」
「そうだよ。実際にそうでしょう、水瀬彗斗くん」
訳知り顔で微笑む悠真を見て、彗斗は鼻を鳴らした。
まるで、「お前の人生を把握している」とでも言いたげなその表情が、気に障った。
「どうしてそう言える?」
「どうして? おかしなことを言うね?」
苛立ちのまま尋ねると、悠真はくすくすと声を立てて笑う。
「本当は、よくわかっているんでしょう? 化け物の水瀬彗斗くん」
小首を傾げて言い放つ悠真に、彗斗は舌打ちをこぼした。
やはり悠真は、彗斗の噂を聞き及んでいるようだ。
だからと言って、彗斗のことをみんな理解しているとでも言いたげな態度は、何か勘違いしていると思わざるを得ないのだけれど。
「……俺が化け物だと呼ばれているとして、だからなんだ? 化け物だとしたらむしろ、一人でいることに寂しさなんて覚えないだろう」
「あはは、強がるねえ」
彗斗の反論に、悠真は動じた様子を見せなかった。
どこか懐かしそうに目を細めて、呟く。
「でもね、化け物だって、心は人と同じなんだよ」
ぼんやりと遠くを見つめているような目つきをしている悠真に、彗斗は何故だか胸が痛んだ。
彼の言っていることが、あまりにも共感できる内容だったからかもしれない。
「化け物の気持ちが、わかると言うのか?」
だからかもしれない。そんなふうに、尋ねてしまったのは。
悠真は、まるで今彗斗の存在に気がついた、とでもいうように目を見開いて。それから、笑った。
「とってもね」
それは、あまりにも柔らかく、優しい声色だった。
なんだ、そうなのか。と、うっかり納得してしまうくらいの。
彗斗はなんだか気を張っていたことバカらしくなり、肩から力を抜いた。
「……それで、結局お前は、何をしに来たんだ」
ため息を吐き出すと同時に、彗斗は尋ねる。
「千代が、孤独な人間を放って置けない性質なのだとしたら、俺が彼女と距離を置いても意味がないということはわかった。だが、わざわざ俺に会いにきたということは、何か俺に言いたいことがあるということだろう?」
「あはは、さすが彗斗くん! お話が早いね」
楽しげな笑い声を響かせて、悠真は彗斗に向き直った。
「ボクが来た理由はただ一つ。……お願いをしに来たんだよ」
「お願い?」
「うん。……あのね、千代ちゃんがボクにとって、大切な人だってことはさっきも言ったよね?」
「ああ」
「だけど、彼女は寂しい人を放って置けない優しい人で、それは、ボクにはどうすることもできない。彼女の生まれ持った性質だから」
「……ああ」
「だからね? キミには、千代ちゃんを傷つけないでほしいんだ」
結局のところ、悠真が彗斗に伝えたいのは、ただその一言だけだったのだろう。
改めて、彗斗は悠真が眩しかった。
千代と悠真が、お互いを大切に思って、相手ために動いているのだという事実が、羨ましかったのだ。
彗斗は本当のところ、悠真の「お願い」にすぐにでも頷いてやりたかった。
けれど、そうはできない事情が、彗斗にはあった。それは、ずっと彗斗を悩ませ、蝕んできた呪い。彼の中に棲む、悪魔のせいだった。
「……すまないが、その願いを叶えてやることは、難しい」
「……どうして?」
憤るでもなく、ただ静かに彗斗を見返してくる悠真に、彗斗はなんと返すべきなのか、躊躇った。
けれど悠真は、千代のために、彗斗の噂を知りながら、ここまできたのだ。その勇気に対して、不誠実なことをしてはいけない気がした。
「……俺の中に、悪魔が棲んでいる」
「悪魔? ……それが、みんなの噂の正体?」
「ああ。いつ現れるのか、俺にはわからない。コントロールが効かないんだ。いつも、気がついたら人が倒れていて、俺は誰かを……傷つけている」
彗斗の言葉に、悠真は黙って考え込んだ。
彗斗の言葉を信じ、真剣に受け止めている様子を見て、彗斗は静かに驚愕していた。
荒唐無稽な話だと笑われても、言い訳のために嘘をついていると糾弾されても、おかしくない話だとわかっていたからだ。
それからしばらくして、自分の中での整理を終えたらしい悠真が、顔を上げた。
「つまり……キミの中に、キミの意思と関係なく動く、記憶を共通させない『何か』がいる……ってこと?」
彗斗は再び驚いた。これほど正確に、自分の身に起こっている問題を把握してもらえるとは、思っていなかったのだ。
目を見開きながら頷くと、悠真は何かを考えながら、何度か噛み締めるように頷いた。
それから、優しい瞳で彗斗を見つめて、言った。
「辛かったね」
それは、簡潔な労りの言葉だった。けれど、彗斗にとっては初めての、人生を労る言葉で……。
その言葉を聞いた瞬間、彗斗はポロリと涙を流した。
それに驚くこともなく、悠真は彗斗の頭に手を伸ばし、そっと撫でた。
その時、彗斗は千代と悠真が、よく似た幼馴染であるのだと、理解した。
「ねえ、彗斗くん。キミが、ボクのお願いを聞いてくれるのなら……ボクが、キミのことを助けてあげる」
彗斗は、その言葉に顔をあげる。
バイオレットが、優しく瞬いた。
「ボクが、キミの悪魔を消してあげるよ」