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第69話 水瀬彗斗:罪悪感

 自分の中に何かがいるのだ、と気が付いたのは、それから幾ばくかしたころだった。


 流石に気が付かざるを得なかった。


 何故なら、気が付いたらぐったりとした男の胸倉を掴んだまま、拳を振り上げていたからだ。


「あ……?」


 声を漏らしながら、手を離す。重力に従って、目の前の人は、どさりと地面に落ちた。


「なんだ、これ……?」


 周囲を見回すと、人が何人も倒れている。


 錆びた匂いがする。


 あちらこちらから、苦痛を伴ったうめき声が聞こえてきていた。


 一体何が起きていると言うのか。


 理解ができない。いや、正確には、理解したくないのだ。


 状況から導き出される答えを、受け入れられない。


 慧斗は両手で顔を覆う。ぬるりとした感触に視線を向けると、その手は真っ赤に染まっていた。


「う、あ……?」


 声を漏らしながら、尻餅をつく。地獄の底にいるみたいな光景に、息が止まりそうだった。


「俺なのか……?」


 それ以外の答えはあり得なかった。状況が全て、そうだと語りかけている。


 しかし、慧斗のは全くその記憶がない。


 つまり。


「俺の中に、何かがいる……?」


 全身の毛が粟立った。


 自分を抱きしめるように、両手を回す。体の震えを押さえつけようとしても、うまくいかなかった。


 そうして、思い出す。知らない人間に、声をかけられたことを。そうして、こう呼ばれたことを。


「翠斗……?」

『何だ?』


 何かが聞こえた気がして、振り返る。けれど、そこには何もいない。


 幻聴だ。


 幻聴か?


 それとも本当に、何かが……?


 一度辿りついた答えを、覆せるような証拠を、慧斗は持ち合わせていなかった。


 その瞬間、慧斗は己の肉体が、全く理解の及ばない『何か』で構成されなおしてしまったような感覚に陥った。


「一体俺を、どうしたいんだよ……」


 顔を両手で覆いながら、慧斗は呟く。


 今度は、返事が返ってこなかった。




 俺の中に悪魔が棲んでいる。


 慧斗がそう結論付けたのは、六度目に血の海で目覚めた時だった。


 慧斗が気付くのは、いつだって手遅れになった後なのだ。


「ねえ、きみ、どうして一人でいるの?」


 少女が声をかけてきたのは、子供たちの輪の中に入れない慧斗が、ぼんやりと空を見上げていた時の事だった。


「……俺の事、知らないのか?」


 そのころには既に、慧斗が……いや、慧斗の中の『何か』が、恐ろしいことをしたのだと言うことは知れ渡っていた。


 だから慧斗は、一人で過ごしていたのだ。


 けれど、少女は無垢な表情を浮かべて、笑う。


「ううん、知らない! きみ、有名人なの?」


 慧斗はその笑みに、目を取られた。


 人の本当の笑顔を目にしたのは、随分と久しぶりのことだった。慧斗の前の人々は、貼り付けた偽物の笑みを浮かべるか、怯えた瞳を向けるばかり。


何も知らないのだと笑う少女の笑顔は、本当に純粋な笑みで……その表情だけで、それが事実なのだと感じさせられた。


「いいや、有名なんかじゃない。『俺』はな」


 慧斗の含みのある言い回しに、少女は一瞬首を傾げたが、すぐにまた笑みを浮かべた。


「ねえ、いっしょに遊ぼうよ! わたし、転校してきたばっかりで、まだ友達がいないの」


 そう言うと、少女は強引に慧斗の手を取って、教室を飛び出した。


 その後ろ姿を目に焼き付けながら、慧斗は得心した。


 なるほど、彼女は転校生だったのか。だとしたら、自分のことを知らないのも無理はない。


 慧斗は小さな笑みを浮かべて、少女に連れられるまま、久しぶりに子供らしい遊びに興じたのだった。


 何度かそんなことを繰り返している間に、慧斗と少女はすっかり友人になっていた。


 実のところ、友人らしい友人ができるというのは、慧斗の短い人生の中で、初めてのことだった。


 今より幼い頃は、能面のような表情や、賢さから異物として扱われ、最近では、化け物をみるような目で見られている。


 そんな中で、友人関係を築くと言うのは、至難の業だったのだ。


 人生初の友人という存在に、慧斗の心は浮足立った。


 けれど同時に、小さな罪悪感も抱いていた。


 少女は、慧斗の噂をしらない。それをいいことに、何も知らせず友人として過ごすのは、なんだか騙しているようで、気が引けたのだ。


「ねえ、何考えてるの?」


 沈んだ思考を覗き込むように、少女が顔を覗き込んできた。


「……いいや? 何も考えてなどいないが?」


 咄嗟に言い返すと、少女は納得がいっていなさそうにしながら、微笑んだ。


「変な慧斗くん」


 その顔を見つめながら、慧斗は自分の胸がじくじくと痛むのを感じていた。



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