第6話 あの、ほんとごめんね。
柊木悠真の側にいると、他の園児たちが近寄ってこないので非常に楽だ。
ちらちらと構って欲しそうに、こちらを見ている視線を感じはするのだけれど、それ以上に「ゆうまくんがこわい」という感情が強いのだろう。
私はお前らがカオナシになる現象の方がこえーよ。
いや、それも私のせいなんだけどね。顔奪ってごめんね。
普通なら、一生のうちで使うことがなさそうな謝罪の言葉を脳内で吐いていると、柊木悠真の視線がこちらを向いていることに気が付いた。
な、なんだよ……。正面から視線が合うと気持ち悪いからやめろよ……。
いたいけな子供に言ってはならない台詞を飲み込むと、柊木悠真が口を開いた。
「ちよ……ちゃんは、なにがすき?」
何?
い、一体今、何を聞かれたと言うんだ……? というかお前、私の名前知ってたのか……?
脳みそが思考を停止する感覚を味わう。しかし、幸い十秒ほどで思考を引きずり戻すことができた。
お、落ち着け……。これはあれだ、私に興味関心を示しているわけではない。
確かに、私の名前を認識していたこと自体が誤算ではある。だけどほら、隣になんか石ころずっとあるし、一応危険性がないか確認しておこう的な、そういうあれだ、きっと。
そう考えた私は、しばし悩んだのちに、首を横に振った。
「好きなもの……わからない」
正直に言って、柊木悠真の存在を認識してから、そんなことを考えている余裕がなさすぎて咄嗟に出てこなかった。
この世界の好きなものなんて、知らねえ~! そんなこと考える余裕、ねえ~!
しかし、そんな私の回答が不満だったのか、柊木悠真は重ねて尋ねてきた。
「じゃあ、きらいなものは?」
嫌いなものはこの黒歴史の具現化された世界そのものかな!
今度の問いには、即刻口から飛び出そうとした明確な答えがあった。
しかし、はたと気が付く。
これはもしかすると……柊木悠真の思想を誘導するチャンスでは? より柊木悠真の共感を得られる言い回しがあるはずだ。
よし、ここは慎重に……。
「……現実」
あまりにも厨二的な表現に、恥ずかしさのあまり泣きそうだ。
恥を消すために恥をかくとは、本末転倒な気がするが……。この世界さえ消えてなくなれば、全ての恥は消えるのだ。この世界が滅ぼせると言うのなら、私は何度でも同じ言葉を口にしよう。
これで迷わず世界を滅ぼしてくれ。
強い願いを込めて見つめるけれど、柊木悠真は表情を変える様子がない。自分で作ったキャラながら、何を考えているのか全くわからなかった。
冷汗を流す。しかし、私が汗だくになったところで、事態が変わるわけではない。
ふざけんなよ! 私が恥をかいただけかよこん畜生!
キリキリと痛む胃を押さえつけながら涙を流すだけで、その日は終わった。
しかし数日後、柊木悠真の言葉で流れが変わった。
「ちよちゃんも、きらいなの?」
唐突に、そんなことを聞いてきたのだ。
理解できずに、頭が真っ白になったが、何とか前回の問答の続きなのだと理解して、頷く。
千代ちゃんも、という言い方をするってことは、柊木悠真も嫌いだということだ。
――この世界が。
……痛―――――――い! 痛い痛い痛いよ~!
かつての中二病だった自分を思い出して、お腹が痛いよー!
辛い。アラサーにもなってこんな痛みに呻く羽目になるとは思わなかった。
どうして? どうしてこんな苦痛を与えられてるの?
急に現実に直面させられたせいで、悶え苦しんだ末に、死んだ目で虚空を見つめてしまった。泣きそう。あ、お花綺麗。
現実逃避をしようとしたその時、ふと気が付いた。
もしかしてこれ、世界を滅ぼすやる気が出てきているのでは?
そう思った瞬間に気分が急上昇する。なんとも現金な話である。ありがたいことに、私の情緒がおかしなことに気が付く人間は、誰もいなかった。
柊木悠真が口を開いた。
「どうして?」
え、何の話だっけ? えっと……そうそう、この世界が嫌いな理由ね、ハイハイ!
ウキウキした気分のまま、答える。
「……生きているのが、辛いから」
なんでかって、目の前に起こる物事全てがきつい。辛い。ほんとそれだけ。早めにこの世界消したい。そしてこの世界からさよならしたい。
あ、ダメだ、上昇した気分が一気に落ちた。
私の気分に連動したように、柊木悠真の眉が下がる。
「ボクもね、おんなじなんだ」
更に、柊木悠真の言葉が、私の胃に追い打ちをかけた。
幼児にあるまじき悩み、罪悪感で吐きそう~!
本当にすまない。
君の設定はプレイヤーの同情を買う目的で、悲しみの一途にしてあるからね。そりゃ、生きてるのきちぃ~! にもなるよな。めっちゃごめん。
でもこの世界を壊せば、全部なかったことになるからね……。
殺しきれなかった罪悪感に突き動かされるように、柊木悠真の手を握る。
精いっぱいの誠意を込めて、私は謝罪した。
「ごめんね……」
柊木悠真は不思議そうな顔をしたけれど、それ以上は聞いてこなかった。
なんて空気が読める子供なんだ。おばさん感激したよ。