表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/76

第68話 水瀬慧斗:始まり

 生まれてきたことが間違いだったのか、それとも、生まれてくる場所が間違っていたのか。


 慧斗は物心ついたころから、そんなことばかりを考えていた。


 自分が周囲の子供たちとは少し違うようだと気が付くまでは、そんなに時間はかからなかった。


 言葉を習得するのも、物事を記憶するのも、慧斗は周囲の誰よりも得意だったからだ。


「慧斗は賢いわねえ」


 そう母親に言われると、誇らしい気持ちになった。


 だから慧斗は、己の能力を隠さなかった。


 けれど、それが間違いだったと気が付くのに、時間はかからなかった。


 とある真夜中。たまたま起きてしまった慧斗が、水を飲みに一階に下りた時、両親が話しているところに遭遇してしまったのだ。


「慧斗は一体何なんだ?」


 リビングから聞こえる、父親の押し殺した声に、慧斗はピタリと動きを止めた。


 俺の話をしている? けれど、『何なんだ』って……一体何を言いたいんだろうか。


 不思議に思って、耳を澄ます。


「本当に私たちの子供なの? もうすでに、高校生相当の学力があるらしいのよ」


 続いて聞こえた母親の声に、慧斗は息を呑んだ。


「気味が悪いわ……」


 気味が悪い?


 自分の耳から入って来た言葉が信じられずに、慧斗は意識が遠くに飛んでいくような感覚を味わった。


 きぃんと耳鳴りがした。


 両親は優しい人だった。慧斗を叱ることはあれど、それは彼が何か良くないことをしてしまった時で。つまりは教育の範囲内でのことだ。


 不当な扱いをされたことはないし、勿論育児放棄に遭ったこともない。


 だからこそ、衝撃だった。


 優しい笑顔の向こうでは、彼らは慧斗を恐れていたのだ。


 慧斗は口から意味をなさない声を発しそうになり、慌てて手で口を塞ぐ。


 まさにその瞬間を見計らったように、父親が言った。


「もしかしたら僕たちは、化け物を生んでしまったのかもしれない」


 息が漏れ出た。


 そうして彼は、強く思った。


 自分の身を守る為に、俺は強くならなければならない、と。


 あの穏やかな仮面の下の、本当の顔で、自分が傷つけられる前に。




 その日から、おかしなことが増えた。


 全くと言っていいほどしたことがなかった気絶をするようになったり、自分に覚えのない人に話しかけられたりするようになったのだ。


 当然慧斗は事態の原因を探り始め、すぐにその片鱗をつかみ取る。


「どうした? 今日は妙に大人しいな、翠斗」


 柄の悪い少年に、そう話しかけられたことがきっかけだった。


 翠斗?


 疑問を抱きつつ、慧斗は慎重に言葉を重ねる。


「……俺のこと?」

「お前以外に誰がいるってんだよ!」


 乱暴に肩を組まれて、慧斗は前方に倒れそうになる。


 なんとか踏みとどまる彼を気にした様子もなく、少年はそのまま歩き出した。


「どこに行くんだ?」

「あ? 溜まり場だよ。今度案内するって言っただろ?」


 訝し気な顔をした少年が、慧斗を振り返り、あれっと声を漏らして、じっとその瞳を見つめる。


 居心地の悪さを感じた慧斗が目を逸らすと、ようやく少年は口を開いた。


「お前、そんな色の目だったっけ?」

「え?」


 慧斗は目元をおさえたまま、慌てて周囲を見回す。そうして、ショーウインドウを見つけて、あわてて駆けつける。


 反射して見える自分の瞳を確認すると、いつもと同じ金の瞳だった。


 慧斗は安堵して息を吐く。


「おい、どうしたんだよ、翠斗!」


 追いかけてきた少年の声に振り返る。


「ああ、やっぱり。お前、体調でも悪いのか?」

「どうして?」

「だってお前の目、いつもは真っ赤だろ。血の色みたいな」


 慧斗は絶句し、全ての物事が遠く感じたが、何とか気を取り直し、適当な言い訳をしてその場を離れた。


 けれど、心臓はどくどくと鳴っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ