第67話 花火といえばあれだよね。
雑談をこなしているうちに、夜も深まってきていたらしい。
花火の時間に合わせてやってきた人たちで、周囲は賑わい始めていた。
喧嘩騒動を起こしていた身からすると、安堵する気持ちが強い。
「わ、人が増えてきたね」
「こうも人が多いと、はぐれそうだな」
「チッ……うぜェな……」
ぎゅむぎゅむと四方八方から人の波に押されて、確かに今にも離れ離れになりそうだった。
「でも、こうしてれば、大丈夫だよね」
言いながら柊木悠真に手を握られたが、流石にこの状況では離せと言い難かった。
というより、この場合は流石に正解だろう。
迷子になって、また喧嘩沙汰に巻き込まれたら嫌だしね。ガキが迷子になって良いことなんて、何もないのである。
そう考えて、近くにいた水瀬彗斗の手も取ると、すぐにぎゅっと握り返された。
「はい、玲児くんも、ぎゅー!」
「あァ? 離せよ気持ち悪ィな」
「だめだよ、一緒に花火見るんでしょ? ほら、千代ちゃんの両手も塞がってるし……。ね、僕で我慢して?」
「うぜェな……。離せ……! ……お前、力強ェな」
なんとか柊木悠真の手を解こうとした蓮実玲児が、無自覚な怪力を前に諦めた様子を遠目でうかがう。
そうなんだよ。そいつなんか馬鹿力強いんだよ。
「あっ! 見て!」
不意に、柊木悠真が大声をあげて、その視線を追いかけて、空を見上げる。
バァン!
と大きな音が響いて、大輪の花が咲いた。
実に久しぶりの花火だった。
ベタ塗りの空と違って、その輝きは確かなもので。
まるで実写だな……。と思ったところで気がついた。
これ、ときめいたりメモリあったりするやつの方式だーー。
旧作乙女ゲームで、急に実写の花火の映像が流れたのが面白かったので、自分もわざわざ花火の映像を撮りに行ったことを思い出してしまったのである。
いや、こだわるところ間違いすぎだろ。
「凄い……綺麗だね、千代ちゃん」
胃を痛めている私とは裏腹に、柊木悠真が感激したように声を出した。
が、正直花火の音にかき消されて聞こえづらい。
「何……?」
聞き返すが、おそらく私の蚊の鳴くような声は届かないだろう。
「花火ー! 綺麗だね!」
今度は聞こえた。ハナビ、キレイ。そうかも。普段ベタ塗りの空を享受しているのだから、解像度がそもそも違うもんな。
「そう……だね!」
頑張って大声を出してみたけれど、喉を痛めた。もう二度とやらない。
「ね! 彗斗くんと玲児くんも、感動したよねー!」
「あァ!? なんつった!?」
「久しぶりに見ると、美しいものだな!」
蓮実玲児の方が、耳が悪いのかもしれない。
「一緒に見られて、嬉しいねー!」
言葉と共に、ぎゅと強く手を握られて、びっくりして反射的に強く手を握り返した。
すると、柊木悠真と水瀬彗斗の視線が、こちらに向いた。
取り敢えず、笑って誤魔化しておく。
その顔がおかしかったのか、柊木悠真と水瀬彗斗も笑った。
「そうだな」
「ね! そうだよね!」
「うるせェな……黙って見ろよ。そのために来たんだろ」
反応はそれぞれだったが、帰ろうとはしていない分、蓮実玲児も花火を見たいとは思っているのかもしれない。
私も空を見上げて、思いを馳せる。
実写花火……古の文化として、露と消えてしまったな……。
切ないような気持ちになっていると、繋いでいた手をぐいと引かれて、柊木悠真が至近距離で微笑んだ。
やめて、吐きそう。
「ね、千代ちゃん、これからも……。沢山一緒に、綺麗なものを見ようね。ずっと、一緒に」
至近距離で浴びる黒歴史、あまりにも胃に悪すぎる……!
私は取り敢えずガクガクと頷いて、すぐに距離をとった。
……今、なんて言ってたっけ?
ちゃんと聞いてはいなかったが、なんか綺麗なもん見てえなみたいな話だった気がする。
引きこもりには厳しい話だが、たまには家を出る必要があるのかもしれない。