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第64話 ラスボスたれ。

 勢い込んで頷いたのとほぼ同時に、柊木悠真が右手を空に向かって伸ばした。


 すると、まだ明るかったはずの空が、一気に暗くなっていく。


 流石にこの変化を捨て置くことはできなかったようで、喧嘩をしていた連中も、戸惑ったように空を見つめている。


 それはそうだろう。


 明らかな異常事態である。


 天変地異の前触れだと言われても信じられそうなくらいの、急激な変化だった。


 ざわめきを切り裂くように、妙に通る柊木悠真の声が響く。


「ねえ、喧嘩はやめましょうよ」


 ここに来て、まさかそんななまっちょろいことを言い出すとは……!


 内心衝撃を受けながらも、とりあえずは傾聴の姿勢を取る。


「見えますか?」


 あくまで穏やかな声で、柊木悠真は言った。


「これはボクの力です」


 そこには、己が力を誇示するような響きはなく。ただ単純な事実を子供に言い含めるような、淡々とした言い方だった。


「ボクはいつでも貴方達を無力化することができます。ですが、そうする気は今のところありません。言うことさえ聞いてもらえれば、何もしません。だから……」


 柊木悠真は、笑った。


「喧嘩をやめてください」


 それは、絶対者の下す命令の如き、圧倒的な圧力を含んだ声だった。


 しん……と一瞬の静寂が広がり、けれど長くは保たなかった。


「んだテメェ、ガキが!」

「んなコケ脅しが効くわけねえだろ! 大人を舐めんな!」

「ぶっ殺してやる!」


 明らかに普通じゃない事態を前にして、未だ吠え散らかすことができる兄ちゃん達、普通にメンタル鬼強いと思う。


 すごい。


 結果盛んな兄ちゃん達とは対照的に、蓮実玲児と水瀬翠斗はじっと柊木悠真の様子をうかがっている。


 それはさながら、野生動物が群れの長を見定めようとしているかのような目つきだった。


 賢い。


 妙な感心を抱いていると、隣の柊木悠真は「そう……」と悲しげにもらして、掲げていた手を振り下ろした。


 瞬間、キィンと金属が擦れ合うような音が鳴り、思わず耳を塞ぐ。


 と同時に、屋台が一つ、跡形もなく消え去った。


 再び、静寂が広がる。


 驚愕に目を見開く人々の間で、たった一人、柊木悠真だけが、変わらぬ穏やかな笑みを湛えていた。


 ……良いじゃん!!


 私は喜色満面、内心拍手喝采である。


 まるでラスボスのような柊木悠真のムーブ、心の安寧に良い。


 これが柊木悠真以外の人物であれば、絶望していたかもしれない。


 まだ自分の中にこんな厨二の心が眠っていたのか、と。


 けれど、彼にだけは、柊木悠真にだけは、この厨二道を爆進してもらわなければならないのだ。


 この世界を、滅ぼすために。


 そんな私の邪悪な心が伝わってしまったのだろうか。


 柊木悠真が、ハッとしたようにこちらを向いた。


 なんだよ。こっち見んなよ。


 そう思いながら見つめ返すと、柊木悠真はじっとこちらの目を見つめたまま、つう、と一筋の涙を流した。


 アイエエ! 泣いてる! ナンデ!? ドウシテ!?


 急に目の前で子供が泣き始めたのを見た私、動転。


「千代ちゃん……」


 変顔でも披露するべきなのだろうか、と取り敢えず鼻と耳をつまんだところで、柊木悠真はか細い声で私の名を呼んだ。


「どうしたの?」

「ボク……ボク……。ボクは、“常識的で優しく”ない?」


 文脈が全く読めないんだが?


 薄々気が付いていたが、柊木悠真の思考の飛びっぷりが凄まじい。勝手に自分の中でいろんな物事を結びつけて、完結している節がある。


 まるで私みたいだ。


 じゃあ私のせいじゃねーか。クソが。


「……そう、だね」


 私は力なく微笑んだ。


 そうだね、常識的で優しい人間は他人を威圧しないし、自己完結して結果だけ話したりしないよね。


「でも、私が……悪いから」


 盛大なブーメランに気がついている私は、己が罪を告白した。


 暴力で解決しようとしてたのも私。思考回路の飛び方も私由来。我ながら卑劣で残念な生き物過ぎないか?


 まあこの世界の森羅万象は大体私のせいだから、仕方ないね。


「違う!!」


 やれやれと首を振っていると、何故か柊木悠真が絶叫した。怖いって。情緒どうなってんだよ。


「ボク、もっと頑張るから! きっと、千代ちゃんの理想の人になるから! だから……!」


 相変わらずなんの話をしているのか全くわからない。主語を話せ、主語を。


 でもまあ取り敢えず、自己肯定がやたら低そうな感じは伝わった。


 だとしたら、かけてやるべき言葉は一つだろう。


「悠真は……そのままで、いい」


 下手に人格を矯正されて、ラスボスじゃなくなられても困り過ぎる。


 相変わらず自己保身の権化なような思考回路だが、バレなきゃ良いのだ。


「千代ちゃん……」


 柊木悠真の止まらない涙を拭って、場を濁してやろう、と一歩踏み出したところで、私はとんでもない事実に気がついてしまった。


 乱闘騒ぎをしていた兄ちゃんたち、みんな固まってこちら話を見ていた。


 そうだったわ、いたんだわ、こんな人達。


 もう喧嘩終わったんなら解散してもらえませんかね。


 そんな気持ちを込めてパンと手を叩いてみるけれど、当然何も変わりはしなかった。


 ダメだ、やっぱり暴力で解決しよう。(提案)

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