第62話 祭りに来てまで喧嘩すんなよ。
派手な柄シャツに、大きなサングラス。パンチパーマの髪に、小さな祭りの会場の端から端まで声が響き渡っていそうなほどの大声。
「……申し訳、ございません……」
とりあえずより丁寧に謝ってみるが、耳に入ってすらいないようだ。
「あの、クリーニング代、お支払い、します……」
仕方がない。貰ったお小遣いはなくなってしまうだろうが、こちらの落ち度だ。
腰を低くして申し出るけれど、やはり直感は馬鹿にならないものらしい。
さらに声が大きくなるばかりで、慰謝料がどうのこうのと言い続けている。
こんなガキを威圧してどうしたいというのだろうか。親を呼びつけて金を引き出そうとしているのだろうか。だとしたら、流石に母に申し訳が立たないが。
つらつらと冷静に物事を考えているように見えるだろうが、こう見えて正面からいかつい男性に怒声を浴びせられて、非常にビビり倒している。
動悸は激しいし、冷汗が背中を伝っているのも感じている。
こえーよ。神ってやっぱりいないんだあ。
半泣きになっていると、不意に、肩にポンと衝撃が走って、振り返ると焔が見えた。ゆらりと揺らめいたそれは、私を押しのけ、男の目の前に立ちはだかり……。
「ンだてめえ。コイツの知り合いか?」
そう言い放った。
し、しまったー!
不良とガラの悪い兄さん、あまりにも最悪な組み合わせ過ぎる。
こんな人間がそろってしまった場合、何が起こるのかは想像に難くない。
先ほどとはまた違った冷汗が、額を通り過ぎていく。
「あの……」
とりあえずインターセプトを試みようと上げた声は、誰の耳にも届かなかったらしい。
一瞬にして、場は睨み合いから怒鳴り合いに発展していた。……いや、ガラの悪い兄ちゃんが一方的に切れているだけで、蓮実玲児は半笑いでせせら笑っているだけなんだけど。
この貧弱な身で何ができるのだろうか。
そう考えていると、先ほど蓮実玲児から叩かれたのとは、反対の方の肩が叩かれた。
はっとして顔を上げると、水瀬慧斗が、冷めた瞳でこちらを見つめていた。
「千代、これは一体どういうことなんだ?」
「えっと……ぶつかった」
「ぶつかった? それだけであんな風に大声を出して子供を威圧してきたということか?」
それはそう。
「でも、一張羅台無し……らしい」
なんかそんなようなことを言っていた。恐らくぶつかってしまったはずみで洋服を汚してしまったのだろう。
「それならクリーニング代を支払おう。ちょうど、そこそこの額を持っている」
「あ、それは、もう、言った」
「つまり、謝罪をして、クリーニング代を支払うとまで言ったのに、恐喝をしてきたということか」
そういうことに、なりますね……。
こうして整理されると、普通に私可哀想で泣く。
涙を浮かべていると、水瀬慧斗が哀れむような目をして、私の頭を撫でてきた。
やめろ! 余計に惨めになるだろうが!
「泣くな、千代。大丈夫だ、俺が守ってやる」
馬鹿野郎、やめろ。ガキに守られたら今の倍情けなさで泣くに決まってるだろ。
「んだてめえ! ガキの癖に大人に盾突いて無事に済むと思ってんのか!」
空気を切り裂く怒声が響き渡って、涙が引っ込んでしまった。
完全に忘れかけていたが、そういえば蓮実玲児とガラの悪い兄ちゃんが言い争っているところだった。
そして飛び出す拳。
お祭りで暴力沙汰、やめてほしい。
「まっ……!」
止めようとすると、水瀬慧斗に肩を掴まれてしまい、身動きが取れなくなった。
くそっ! 人がちょっと貧弱だからって!
ギラリと睨みつけると、何故か微笑まれた。
何わろとんねん。
「千代、これを持っていてくれ」
半眼の私が視界に入っていないのか、水瀬慧斗はこちらに背を向けて、眼鏡を押し付けてきた。
一体どうしろと言うのか。そう思いながら背中を見送ると、水瀬慧斗は蓮実玲児とガラの悪い兄ちゃんの間に割って入っていった。
わ、私がやろうとしてたことー!
大人として立つ瀬がなさすぎる……! えらいこっちゃ、私は一体どうすればいいのだろうか。
あ、水瀬慧斗が殴られた。あ、水瀬翠斗に変わった。あ、殴り返した。
ミイラ取りがミイラになるってやつだ。止めに入ったはずの水瀬慧斗は、いまや水瀬翠斗になり、嬉々として暴力装置の一つと化している。
でもすごい、あの、普通に勝ちそう。
「てめェ、余計な真似すんな!」
「うるせえガキ、俺に指図すんな!」
寧ろ、何故か蓮実玲児と水瀬翠斗の小競り合いが始まりかけている。
ぶん殴られて地に伏している兄ちゃんそっちのけである。
兄ちゃんがスマホを手にして……あれ応援呼んでね? 話の規模広がってね?
やばそうな気配に蓮実玲児たちの様子を伺うが、なんかもう普通に殴り合っててそれどころじゃなさそうすぎる。こいつら何してんだよ。
意識が遠のくのを感じる。カオスすぎる。祭りに来てまで喧嘩すんなよ。
だがしかし、傍観していても事態は収まらない。どころか、悪化の一途を辿るばかりである。
とにかく、私は大人としてこのクソガキどもを巻き込んでしまった責任を取らなければならない。
その為に私に出来ることは……!
警察に電話することである。
自己過信、ダメ、絶対。
貧弱ボディの小学生がこの状態できることなど、たかが知れているのだから。
そう考えて、持たされていた巾着の中身を物色していると、聞き馴染のある声が聞こえてきた。
「千代ちゃん!」
神様仏様、柊木悠真様である。