第61話 鬼絡みされ続ける人生、なんで?
拝啓、母。お元気ですか?
私は今、不良に絡まれています。鬼絡みです。もうダメかもしれない。私はここまでなんだあ。
こいつらの姿を見た瞬間、「お友達と会えてよかったじゃない!」と母に置いて行かれたこと、私、絶対に忘れないからね。
思わず脳内で恨み節をこぼしてしまうほどの、深い絶望。それを味わいながら、私は両隣にいる不良に目を向けた。
「よォ、また会ったなァ?」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた蓮実玲児に、当然のように肩に腕を回される。
ゾッ。
全身が総毛立つ。その手をどかそうと足掻いていると、反対側に立っていた水瀬慧斗に腕を引っ張られた。
これでやっと解放される、かと思いきや、蓮実玲児も私の腕を掴んできた。
痛い痛い痛い!
大岡裁きさながら両腕を引っ張られ、腕が根元からもがれそうになる。
何故私はこんな拷問を受けているのだろうか? ただでさえ、毎日胃を痛めながら生きているというのに。やっぱり前世で大罪を犯したのだろうか。
「おい、離せ。千代が痛がっている」
「そう言うんなら、お前が離せばいいんじゃねェの?」
「貴様が先に離せ」
どっちも離せ。お前らどっちも親にはなれねえな?
死んだ目をしている私に気が付く様子のない二人に、私は何とか抜け出そうとして体を揺らす。
どうにか……どうにか脱出させてくれ!
かなり激しく動いている気でいたのだが、やつらにとってはそよ風程度の動きだったようだ。こちらに視線を向けることすらしない。
「……痛い」
半泣きで訴えて、やっと離してもらえた。
いや、本当に痛い。涙目である。
見ると、手首にくっきりと赤い跡がついている。痣になりそうだ。
「あ、悪い……」
水瀬慧斗は謝罪の言葉を口にしたが、蓮実玲児は鼻を鳴らしただけだった。
お前、絶対にいつか報いを受けるからな。私みたいに。
呪いを込めて見つめていると、舌打ちをされた。なんで? 私、被害者。お前、加害者。オッケー?
「チッ! わかったってェの。喧嘩しなきゃいいんだろォ?」
がりがりと頭を掻きながら、蓮実玲児が吐き捨てる。
どういう思考回路により、そうなったのかはいまいちわからないが、私を挟んで喧嘩をされると、この貧弱なボディが耐えられそうにないのは、間違いようのない事実だ。
こくりと頷くと、再び舌打ちをされた。
うるせえ舌だな。引っこ抜くぞ。
「……二人、何で、いる?」
やっと解放された腕を大事に撫でまわしながら尋ねると、蓮実玲児は意外そうに片眉を持ち上げた。
「あ? お前もアイツに呼ばれたんだろォ?」
アイツ……?
当然わかるだろ、みたいな顔をされているが、全くわからん。そんなぼやかした物言いをして人に理解してもらえると思うなよ。
「つまり貴様も柊木悠真に呼ばれたということか?」
半目で見ている私に気が付いたのか、気が付いていないのかはわからないが、水瀬慧斗が欲しがっていた情報を与えてくれた。
柊木悠真、何してんの? あいつ、何がしたいの?
困惑の極みに達しつつ、柊木悠真は来ないだろうと話すと、蓮実玲児も水瀬慧斗も困惑した様子で鼻を鳴らした。
「ま、あいつが何を考えてんのかはわかんねェけど。折角来たんだし、相手しろよ、千代」
いや全然わからん。勝手に呼び出したのは柊木悠真であって、私には一切関係がないだろうが。どうして私が巻き込まれなきゃならんのだ。別に私はお前とは約束していないんだが?
「そう言うなら、俺にだって、千代に相手をしてもらう権利がある、と言うことになるが?」
いやならねーよ。
蓮実玲児のとんでも理論に謎に乗っかるのやめてもらえる?
付き合ってられない。そうだ、逃げ出そう。
思い付いた私は、言いあっている二人からそっと距離を取り始める。
そーっと、そーっと。一歩ずつ。
ゆっくりと下がり続けていたが、後方確認を怠りすぎていたらしい。とんと軽い衝撃が背中に走って、何かにぶつかったことに気が付いた。
振り返ってすぐに、それが人だとわかった。
「……すみません」
反射的に謝罪の言葉を口にするも、視線がかち合ってすぐに、理解した。
「おい、どうしてくれんだガキィ! 俺の一張羅がお前のせいで台無しだよ!」
あ、これあかん相手だ……。