第60話 浴衣、それは拘束具。
「夏祭りがあるんだって」
誠に遺憾なことに、いつも通り。家にやって来た柊木悠真が、そんなことを言い出した。
へえ、そうなんだ。
頷いて話を流そうとすると、視界に柊木悠真がカットインしてきて、強制的に話を戻された。
「結構規模が大きいんだって。それで、良かったら……。一緒に行かない?」
全然行きたくない。
話しを流そうとしたということは、つまりは全然いきたくないのだという事実に気付いて欲しかったのだけれど、柊木悠真の瞳の輝きにはなんの陰りもない。
そうだね、ユニバースだね。
でも私には、武器があるのだ。
「でも……、悠真、楽しめる……? お小遣い……」
そう。柊木悠真が父親から与えられているのは必要最低限の衣食住のみ。お小遣いなんてものはもらっていない。
つまり、柊木悠真には露店などのお祭り要素を楽しめるだけの資金がないのだ。
敵の急所を的確についた攻撃。流石は私。
勝利に酔いしれようとしたところを、柊木悠真の悲し気な瞳が打ち砕いた。
「そっか……。そうだよね。普通はみんな、お小遣いとかで露店のものを買ったりして楽しむものなんだもんね」
馬鹿野郎。
誰のせいで柊木悠真がこんな目に遭っていると思っているんだ。私だ。
自分で作った急所を、自分で攻撃してなんとかするって、なにそれマッチポンプ? 最悪だ。いまのところ、最低最悪の非人道的ムーブをしていることになる。
大丈夫か? 私の良心。耐えられるか?
「でも、わ、私のお小遣いがある……!」
耐えられなかった。
「でも、そんなの悪いよ」
「別に、良い」
幼児に悲しい顔をさせた罪滅ぼしだ。お小遣いを差し出すくらいはなんでもない。
「ううん、金銭が発生することはちゃんとした方がいいって本で読んだし……。陽太に貰ったゲーム機も、将来ちゃんとお金を返そうと思って、金額をメモしているんだ」
な、なんてしっかりとした考えのお子さんなんだ……。
私がガキの頃なんて、奢りラッキーくらいにしか思ってなかったぞ。
「だから、良かったら。お祭りの最後に上がる花火だけ、一緒に見ない?」
「花火……?」
「そう。そんなに多くはないらしいんだけど、何発かは上がるらしいんだ」
「そう、なんんだ……」
それなら一緒に過ごす時間も多くはないだろう。
そう考えた私はこくりと頷いた。
柊木悠真は顔をパッと輝かせて、「約束ね」と指切りを要求してきた。
やれやれ、これで幼児を傷つけた罪はうやむやになったな!
そんなこんなで何故か行くことになってしまった夏祭りだったが、妙に張り切った母親に浴衣を着せられてしまった。
浴衣の圧迫感、苦手なんだよな……。屋台の飯を食うことが楽しいイベントなのに、こんな拘束具をつけながら歩かされるの、罰なのでは? この世界を創った罰なのでは?
そんな風に考えながら、柊木悠真が来るのを待っていたのだが、これがなかなか来ない。
「どうしたのかしらねえ……」
心配そうに眉を寄せ始めた母を横目に、私ははたと気が付く。
これ、普通に父親にバレたのでは?
普段会いすぎて忘れていたのだが、柊木悠真は、父親に他の人間と接触しないように命じられている。
もし、家を出ようとしたことがバレたのならば、家から出ないように監視されているとしてもおかしくはない。
だとしたら、今回のおでかけはおじゃんなのでは?
拘束具をつけられたの、意味がないのでは?
「悠真、お父さんが、厳しい……。から」
無意味な苦しみに悲しくなりながら告げると、母は「まあ、そうなの」と目を伏せた後、にっこりと笑った。
「せっかく浴衣を着たんだから、お母さんと二人でお祭りに行く?」
気を遣ってくれたのであろう母に、私は頷いて返した。