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第5話 勝利の美酒(リンゴジュース)。

 柊木悠真の能力が、世界を滅ぼす力だと思い出してからは、彼の存在によって、私は少しだけ笑顔を取り戻した。そのくらい、ラスボスの存在は私にとっての希望だったのだ。


 柊木悠真を見るたびに吐きそうになっていたのが、今では逆に調子が良くなっているくらいなんだから、体って正直だ。それに伴い、最底辺をかすっていた柊木悠真に対する好感度が、爆上がりした。


 この子が世界を滅ぼしてくれるまで、大事にしなければ。


 そんな気持ちになった。つまりは保護者面をし始めたのである。


「こんな世界に、何の意味も、未練もない……」


 柊木悠真が、そんな風に、私が考えた台詞を口にするたびに血反吐を吐きはしたものの、言っている内容は全力で推進したいものだったため、私は苦しみ八割喜び二割くらいの気持ちになった。


 前世なら、こいつ園児にして既に中二病を発症しているの、可哀そうすぎるな……と憐れんでいたところだけれど。


 まあそもそも、私が設定した物言いなので、これは彼の黒歴史ではなく、私の黒歴史になるんですけどね! うーん、どこまでいっても地獄。


 死んだ目をしながら私は、彼が何かを口にする度に、それを全力で持ち上げまくることに決めた。大切な、大切な、世界を滅ぼすためのキーアイテムだ。機嫌を取るに越したことはない。


 そう……今日から私は人間じゃない。全肯定ボットだ。


「どうして、キミはボクと一緒にいるの?」


 自分に言い聞かせていると、ふと柊木悠真がそんなことを言い始めた。最初、いつもの独り言かとスルーしそうになったのは内緒だ。


 おい、この場合何て言ったら肯定したことになるんだ?


 脳内は大混乱していたが、幸いと言っていいのか、不幸と言うべきなのか。私の表情筋はピクリともしなかった。


 どうして隣に居るのかってことを聞かれているのか、今。


 何か月も無言で隣に居続けていたというのに、コイツ、たった今それに疑問を抱いたということか……?


 今更過ぎない? もしかして、時間感覚が私とは違うんです? そんな設定にしてたっけな……?

 内心ゾッとしながらも、気を取り直す。


 ええっと、それで、何だっけ。なんで柊木悠真と一緒にいるのかって、そういう話だっけ。そりゃ、キミが世界を滅ぼしてくれるありがたい存在だからだよ! 生きててくれてありがとね!


 内心絶叫してはいたが、それをそのまま口にするのは憚られた。


 だって、急に「生きててくれて、ありがとな」とか言ってくる人間、私だったら速攻で距離を置く。それはまずい。柊木悠真を世界の滅亡に誘導するためには、距離を置かれる言動を取るのは悪手……!


 そう思う一方で、他に何と言えばいいのか、全く見当がつかなかった。全身から嫌な汗が噴き出るのを感じる。


 出せ! ここで絞り出すんだよ! お前ならできる! ネバーギブアップだ!


 そうやって自分を励まし続けた結果、飛び出したのはこんな言葉だった。


「……ありがたいから……」


 終わりです。


 今まで応援ありがとうございました! 私の野望はどうやらここまでのようです!


 もう駄目だ、私は柊木悠真にこの世ならざるものを見る目を向けられ、距離を置かれ、世界を滅ぼす希望を失ってしまうんだ……。


 どうして……? どうして私はこんなにポンコツなの……?


 絶望を感じながら帰宅した次の日。しかし、柊木悠真は、決して隣にいる私を追い返そうとはしなかった。


 やったでおい。もしかしてチョロゲーか?


 再び元気を取り戻した私は、上機嫌で柊木悠真を観察する。


 そういえば、柊木悠真は他人に関心を示さないキャラだった。父親にそう教育されているのだ。


 つまり……私がどんなに終わっている言動を取ろうが、こいつは何も気にしないということだ。


 それは一方で、私がどれだけ全肯定ボットをしようと、思考の誘導は難しいという現実も示していたが、所詮私の様なモブに出来ることなど高が知れているのは最初からわかっていたことだ。


 横でひたすらに世界の滅びを肯定していれば、ある種の催眠状態になるんじゃないかという希望的観測によるものに過ぎないのだ。


 本命は柊木悠真とヒロインの関わりを補助しつつ、適度に邪魔して、世界を滅ぼすバッドエンドに誘導することにある。


 そして柊木悠真は、私が隣で何をしようと、気にも留めないことが今日、わかったのだ。


 ……勝ったな……!


 おやつの時間に出たリンゴジュースが、勝利の美酒のように感じられた。


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