第58話 家に侵入者来すぎじゃね?
「おい」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえて、シカトすることにした。
おいという人間はいないでござる。
そういうことでいっちょなんとかならないだろうか。
「おい」
今度は肩をがっしり掴まれてしまった。クソがよ。
ゆっくりと振り返ると、この世の赤と言う赤から厳選でもしたような、輝かしい髪の毛が目に入り、気が滅入る。
なんかもう、枝毛に悩まされている人間の妬みを買いまくって爆発四散とかしないかな。
「この間会ったあいつ……」
「え?」
蓮実玲児は私の感傷などお構いなしに、自分のしたい話を始めていた。
全く聞いていなかった私は、慌てて顔を上げる。
「この間会ったあいつ、何だよ」
何だよって何だよ……。
申し訳ないが、問われていることの意図が全く持って掴めない。
まずこの間会ったあいつ、だけでも誰を差しているのか明確に特定することができないし、その上「何だよ」という言葉では何を尋ねたいのかが理解できない。
名前を知りたいのか、私との関係性が知りたいのか、そういった指標を定めてもらえないことには、返事の仕様がなかった。
私が困っていることに気が付いたのか、蓮実玲児は腹立たし気に頭を掻きながら、「アレだよ」と言葉を続けた。
「あのいけすかねえ」
誰だよ。桐原陽太か? 柊木悠真か? 水瀬慧斗か?
「……一人の癖に二人いるやつ」
「水瀬慧斗……」
今のはアキネーターじゃなくても一発で正解にたどり着けるね。
私が内心でドヤ顔をかましていると、蓮実玲児は首を傾げる。
「ミナセケイト?」
「正確には、水瀬慧斗と、水瀬翠斗……」
「ア? 名前が二つあんのか?」
「……玲児の言ってた通り、二人、いるから」
「フーン、そんなもんか」
蓮実玲児は目を細めて、納得したように頷いた。
「で、アイツなんなわけェ?」
ア? と素で返しそうになって、慌てて言葉を飲み込む。
だから質問をする時は意図を明確にしろとあれほど……! いや、言ってなかったわ。
「質問の、意図……が、わからない」
「ア? あー……お前、アイツとどんな関係なわけ?」
おい、できるなら最初からやれ。
やれやれと思いながら質問に答えようとして、困った。
あれ、そういえば私と水瀬慧斗って、どんな関係なんだ……? 一方的に脅され秘密を知り、そのせいで定期的に家にやってきて口止めをされている関係……。って一言でいえばなんて関係なんだ?
というか、今考えてもあまりにも理不尽で泣きそうなんだが。
私が勝手に泣きそうになっている間に、短気な蓮実玲児は苛立っていたらしい。強引に顎を掴まれて、強制的に顔をあげさせられた。
「おい、聞いてんのか?」
「……何の話、だっけ?」
「……はあ、ぼんやりしやがって。もういいわ。それよりアイツ、またここに来る予定があんのか?」
「……さあ?」
知らない。というか、別にいつも約束しているわけじゃない。
私の作った攻略対象たちだけあって、連中は揃いも揃って身勝手の化身のようなやつらなのだ。約束もなく押しかけて、満足すると去っていく。やり口は強盗だと言っても過言ではない。
正直過言ではないというかそのものだと思う。
ふざけるな。
私の人権をなんだと思っている。
反対! 人権侵害反対! 奴らの出入りを規制しろ!
私の憤りを知ってか知らずか、蓮実玲児は「ふーん」と気のない感じに鼻を鳴らす。
同時に細められた瞳の鋭さは、人でも殺しそうなものだった。
あのさあ、私がアラサー社会人だからかろうじてキレ散らかしてるだけであって、普通の幼女を前にしてそんな目をしたら、普通は泣いてるからな?
そんなことを考えながら白い目を向けていると、タイミングの悪いことにチャイムがなった。
それから大した時間も経たずに、バタバタと足音がする。
これは……間違いない、また別の襲撃者がやってきた音だ。
私はいつもの癖で流れるようにクローゼットに身を隠した。
私はいません。帰宅してください。
ところが、今日はすでに蓮実玲児がいたせいで、普通にクローゼットを開けられてしまった。空気の読めない男である。
「何してんだ、てめェ」
呆れた顔をしている蓮実玲児には、全く同じ言葉を返したいところだ。