第56話 デジャヴって怖いよね。
水瀬慧斗が起きたら速攻で逃げよう。
決意した瞬間に、「うーん」と水瀬慧斗が声を上げた。早くないか?
「……? あれ、ここは……?」
「あの、どいて……」
「! す、すまない……! 重かっただろう!」
「大丈夫」
慌てる水瀬慧斗に、首を振る。大丈夫、大丈夫。
大丈夫だから早く帰らせて。
「本当にすまない、何かお詫びを……」
なんだこのしっかりした小学生。流石将来の学年一位。いや、将来の学年一位にしても、口調おっさん臭過ぎだけど。雑に設定盛りすぎ。
私は再び首を横に振る。
いや、そもそもキミのせいじゃないからね。大体翠斗が悪いからね。もっといえば、翠斗を生み出した私が悪いからね。この世界の森羅万象すべてが私のせいなの、あまりにも重くないか?
「キミじゃ、ないから」
「え……? もしかして、もう一人の俺に会ったのか……?」
やっべ地雷踏み抜いたかもしれん。
しかし、うまい言い訳が全く思い浮かばない。っていうか結論にたどり着くの早すぎないか? なんで私が水瀬慧斗と翠斗が別人だと理解していると思ったんだよ。普通にスルーしてくれよ。
水瀬慧斗の顔が、能面のような無表情に変化する。
は、はわわ。水瀬慧斗さん、素が出てますよ!
そもそも、水瀬慧斗の解離性人格性障害の原因は、家庭内の不和にあった。水瀬慧斗は生まれつき感情表現の乏しい子供で、さらに賢すぎる子供だったので、至って平凡な両親は、誇りと持つより先に、恐れを抱いてしまったのである。
『ロボットみたいだ』
『本当に私たちの子供なの? もうすでに、高校生相当の学力があるらしいのよ』
『もしかしたら僕たちは、化け物を生んでしまったのかもしれない』
水瀬慧斗のいないリビングで、両親がそう話しているのを聞いた彼は、激しい絶望の感情を抱く。
そうして賢さゆえに、一つの可能性にたどり着くのだ。このままでは自分は、両親に排斥されるかもしれない、と。そうして、絶望の渦中で、自分の身を守る為に生み出したのが、翠斗の存在だったのである。
だからこそ翠斗は攻撃的な人格だし、水瀬慧斗のこの無表情は素なんだよねえ! という設定を私の前で明確に示すのやめてほしいです! 申し訳なさと自分の黒歴史に胃が痛んでます!
「じゃあお前も、俺を気味が悪いと思うだろう。こんな出来損ないで、一つの体に二人いて、おかしいって言うんだろう」
あ、ちょっと、やめてください! それはヒロインに解離性人格性障害がばれた時の台詞で! 実際に解離性人格性障害を患っている人に対しての配慮が足りないと大人になってから後悔した台詞なので、やめてください!
「そんなことない!」
STOP、配慮不足である。ここは全力で否定することで、私の過去の配慮不足をなかったことにさせていただきたい所存である。
「一生懸命生きてるから、生きてたから! だからでしょ! だから、そんな風に、言わないで!」
必死である。久しぶりにこんなにでかい声を出したなってレベルの必死さだ。喉が痛い。
「お前……」
目の前で水瀬慧斗が瞳を潤ませている。
おお、キミも私の黒歴史修正を喜んでくれるのかね。
「でも俺は、それだけじゃないんだ……顔も怖いし、頭もヘンらしいんだ」
ごめんな、頭は変なんじゃなくて賢いだけだし、しかもそれ学年一位賢い! っていう属性がつけたくてあとから追加した設定なんだ……そもそもクールキャラだから賢い! っていう謎の偏見からだし……。
あと表情筋に関してもクール(物理)って感じで私が君の表情筋を封印したんだ、ほんとごめんな。
謝罪したい気持ちになってきたが、さっき大声を出したせいで喉を傷めたのか、声が出ない。
なんと貧弱な私の喉よ……。
声が出ないので、代わりに首を横に振っておく。
「しかし……しかし……!」
う、うるせー! そしてしつけー!
ごめんとは思ってるけど、普通に面倒になってきてしまった。もういっそ口を塞いでしまいたい。その衝動のままに手を伸ばして、躓いた。
あっ。
倒れた先に水瀬慧斗がいたので、遠慮なく掴まらせてもらう。本人のせいではないとは言え、先ほど私も水瀬慧斗にのしかかられていたので、お返しとして支えてもらっても罰は当たらないだろう。まあこの世界にいる時点で前世からの罰がえげつないのだけれど。
「あ……。それでも、いいのか……? こんな俺でも、抱きしめてもらえるのか……?」
小声過ぎる! 今なんて言ったの? 独り言かな? ならいいか。
水瀬慧斗は、私を支えるように背中に手を回してくれたので、ありがたく力を借りて体制を立て直す。
よし、おかげで助かったよ!
顔を上げようとしたけれど、強く抱きこまれて叶わなかった。
え? これ気のせいじゃなければ支えられてるんじゃなくて、抱きしめられてる? なんで? 待って、BGM流れてきたんだけど……これ、水瀬慧斗のテーマ曲として設定した曲なんですけど……?
デジャヴである。
私は覚えのある展開に、全ての思考を放棄した。