第55話 ボディが貧弱すぎる。
クソ重過去持ちのせいで、クソ野郎ムーブをかます男。自分の秘密を隠そうとして、ヒロインを攻撃する男。悩みのせいで、異様に面倒くさいことを言い出す男……。
厄介すぎる。
そのクソ面倒な男たちに向き合って、戦って、救った先に、ご褒美として用意されているのが件の甘いシーンたちなわけである。ただで甘やかしてもらえるわけではないのだ。
その過程のヒロインの奮闘を見て、私たちプレイヤーもヒロインを好きになっていくわけだからね!
結果、ヒロインが典型的な良い子になりがちだという側面もあるが、クソ強い個性を持ったヒロインの作品も存在するので、安心してほしい。個性の強いヒロインは、面白ェ女……という男の気持ちが疑似体験できるので、それはそれで楽しい。
まあ、私の作ったヒロインは、ルートによって人格がブレブレになるから好感度もクソもないんだけどね! 一番大切なヒロイン設定を雑にしやがって……。乙女ゲーム制作に向いて無さ過ぎて悲しくなる。
ここまでの話で、乙女ゲームにおいて解離性人格性障害がよくある理由については察してもらえるのではないだろうか。
そう。クソ重過去や悩みのせいで、精神に大きな負荷をかけているためである。
水瀬慧斗のルート概要はこうだ。
『貴女には遠くに住む大切な幼馴染がいた。クールな彼は、感情がわかりづらいが、会えばいつも貴女を大切にしてくれた。
引っ越しを機に近所に住むようになり、また、同じ学園に転入したことで、自然と彼と共に行動することが増えていき――……ついには彼の新しい一面を知ることになる。
「あなた……誰?」
「ああ、流石のお前でも気が付くよなあ……」
隠されてきた彼のもう一つの人格を知り、戸惑う貴女。
しかし戸惑いを他所に、貴女は頻繁に姿を現すようになった、彼のもう一つの人格が、次々に巻き起こす事件の解決に追われるようになる。
「このままだと、慧斗くんがそんな人だと誤解されちゃうよ!」
「別に……どうでもいい。他人にどう思われようが、俺には関係ない」
投げやりな態度の慧斗のもう一つの人格……翠斗にかわって、慧斗のために主人公は奔走する。
そして明らかにされていく、激重感情。』
乙女ゲームでたまにいる激重感情幼馴染が書きたかっただけだコイツ……! っていうか二重人格の片方、事件起こすやべー男だしぶっちゃけ蓮実玲児とキャラ被ってんだよ!
たった五人しかいない攻略対象だというのに、要素を盛り盛りにした結果既にキャラ被りが起きているの、キャラクター作りの才能がなさ過ぎて泣けてくる。
お前のような人間が乙女ゲームのシナリオを作るな。
私が過去の自分に呻いているのに勘違いしたのか、水瀬慧斗は「ハッ」と鼻を鳴らす。いや、正確には翠斗の方なのだが。
私は、水瀬慧斗と翠斗を明確に見分けられるように区別した。それが、瞳の色である。
水瀬慧斗の時は金、翠斗の時は赤って設定にしたんだよね。
この世界の住民の髪や瞳の色は、遺伝の他に本人が持つ能力によっても変わる、という設定だった。
一番強い能力の要素が髪に出る場合もあれば、瞳に出る場合もあるというガバガバ設定。設定のガバさについては、本当に私の右に出る者はいないだろう。
水瀬慧斗の能力は水だ。クール系キャラの立ち位置にしたいから水か氷かな! と雑に決めた覚えがある。彼の場合は髪に出ているわけだが……翠斗の場合は火の能力が強く、何故か髪ではなく瞳の色が変わる。統一しろ。
というか何で目の色なんてわかりやすい部分が変わるのに誰にも突っ込まれないんだよ。
多分絵面的にその方が映えると思ったんだろうな……。
見栄えだけで物事を決める人種に碌な人間はいないということが明らかになるね。私のことだけど。ハハ。(乾いた笑い)
「おい、聞いてんのか?」
翠斗に頭を小突かれた。痛い。暴力反対である。
「あ……ごめんなさい」
「謝るってことは、やっぱりお前、俺がさっきのやつカツアゲしてたの見てたんだろ」
小学生がカツアゲなんてするんじゃねーよ。っていうか見てねえよ、流れるように自白するな。そんなことしてたのかお前。
やばい男がやばい男(幼少)だった時にしそうな悪事が、カツアゲだと思っている私の貧困な発想力がばれるから、本当にやめてくれ。
私は泣き笑いのような表情を浮かべた。
「……気持ち悪」
あ、なんか君、いい感じだね……。
自作攻略対象に好意を抱かれると、自分で自分に好意を告げているような気味の悪さを感じる。
それならいっそ、翠斗のように気持ち悪がられている方が……。いや、駄目だな。それはそれで一人SMしてるみたいで怖気が走るな。
どいつもこいつも、私が考えそうなセリフを喋って、私が考えたキャラっぽい動きをするのがもう本当に気持ち悪くて痛くて辛い。キャラクターというフィルターを通して、自分自身と向き合っている感じがする。それも一番痛かった頃の自分だ。
外見が昔想像したような、綺麗なガワなのが余計に痛く感じてしまって本当に辛い。あ、本当に泣けてきた。
「ちっ……! こんなことくらいで泣いてんじゃねえよ」
お前、一回自分の黒歴史と向き合ってからモノを言ってくれ? この世の終わりと同等の苦しみだからな?
「ごめ……ごめんなさい……許して……」
脳内でカチ切れていても、一度出た涙は止まってくれない。
ほんと泣きすぎて会話がままならないの。すまんけど、マジで辛いから一旦許して。
「ちっ……! 慧斗みてえな泣き方すんなよな。はあ……もういいわ、面倒くせえ」
なんか知らんけど許されたっぽい。やったー! じゃあ帰ろ! と立ち上がろうとした時、正面に立っていた翠斗の体がふらりとして、そのまま私の方へと倒れてきた。
えっ、と声を上げるより先に、体にのしかかれたような状態になってしまった。
ひ、ひえ……何事!? あ、あれこいつ……。
「……意識、ない……?」
自慢ではないが、私は園児の頃から仲良くしてくれている幼女たちにすら、力で勝てたことのない貧弱ヒョロガリボディーだ。
第一回休み時間腕相撲大会では圧倒的最下位に輝いた。
そんな私が、意識を失った男の子が体に乗っている状態で、身動きが取れるはずがなかった。
こりゃ無理ですわ……。これ多分、翠斗から慧斗に入れ替わる時に、意識を失う設定のせいだろうから、起きるまで待つしかないわ。南無阿弥陀仏。