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第53話 暴力を厭えよ。

 良い子のみんな、こんにちは! 私は橘千代! 今日はみんなに、大事なアドバイスがあるよ!


 黒歴史の処分は早めにやれ、絶対だ。じゃないと遠い未来のお前の精神は粉々になる。私が保証する。だから今すぐにでも黒歴史の存在そのものをこの世から抹消するんだ。必ずな。


 自作乙女ゲームシナリオの世界に転生した私はさあ大変! 存在だけでも胃を攻撃してくる攻略対象に、何故か三人も出会っちゃった!


 しかも、小学校に上がると同時に出会ったのは、暴力衝動を抱えたやばい男で、もう大変! 逃げ出そうかとも思ったけど、あまりの黒歴史の晒され方に、メンタルが限界を迎えちゃったの!


 今すぐに死にたい……そう思った時、三人目の攻略対象である蓮実玲児に「殺してやるよ」なんて甘い言葉を囁かれて……思わず飛びついちゃった!


 でもでも、どうしてかな……気が付いたら彼は私の背中に手をまわしていて……抱きしめられちゃったんだ! なにこれ実質セルフハグ?


 畳みかけるように私を襲う黒歴史に、とうとう限界がきた私は、気を失っちゃったんだ……。そのまま永遠の眠りにつきたかった。


 けれど、あえなく目を覚ました私に襲い掛かって来たのは、蓮実玲児が頻繁に家に遊びに来るようになってしまったという現実だけだった。


 ……どうして!


 本当にやってられない。私が一体何の罪を犯したというのだろうか? それは、ここまでの仕打ちを受けなければいけないほどの罪だったのだろうか?


 ……まあ、人の人生は確かにめちゃくちゃにしてるんだよな……。


 しかし、倒れて一度冷静になった私は、やはり死ぬよりこの世界を滅ぼしたいという強い気持ちを思い出し、丈夫なロープを探そうとする自分の手を必死にとどめた。


 落ち着け、ステイ、ステイ。それは最後の手段だ……。


 けれど一方で、桐原陽太や蓮実玲児が頻繁にやってくる自宅にいて、心が癒されるはずもなく。もう何もかも嫌になった私は、本の世界に救いを求めた。要は現実逃避を始めたのだ。


 本はいい……。売り物の本には、私の黒歴史とは比べ物にならないほどしっかりとした物語が描かれているし、何より私の胃と羞恥心を刺激しない……。


 より多くの本を求めた私は、学年も一つ上がった小学五年生の現在。自然と近くにある図書館に通いつめるようになっていた。


 古い本の匂いに満たされた図書館で大きく息を吸うと、特別な心地がする。何かとんでもない贅沢をしているような気がして、心が満たされるのだ。多分、紙の匂いが好きなのだと思う。


 さて、今日は何の恋愛ものを読もうかな!


 恋愛ものを読むことだけは決定しているので、それらしいタイトルのものを探すことにした。背表紙をなぞりながら、奥の方へと進んでいく。


 久しぶりに落ち着いた心地でいられて、気分が良い。


 鼻歌交じりに歩みを進めていると、図書室の奥の方、書架に囲まれ、死角となっている場所から、抑えた声が聞こえてきた。


 おいおい、図書館ではお静かにな。


 心の中で辟易としながら、厄介ごとに巻き込まれるとたまらないので、踵を返そうとした。


「ふ、ぇ……ひっく……」


 そんな私の目の前を、子供が涙を堪えながら走り去っていく。


 あ、何だかすごく嫌な予感がします!


 今までさんざん酷い目に遭ってきた私の第六感が、今すぐここを離れるべきだと警鐘を鳴らす。私はそれに従って、体を反転させ……しかし、誰かに強く肩を掴まれたせいで、動きを止めざるを得なくなった。


 おー、ジーザス!


 嫌な予感に苛まれながら、掴まれた肩にかけられる圧力に負けて、振り向く。最初に目に入ったのは、鈍い輝きを放つ青みがかった銀髪だった。


 次いで視界に入った赤い瞳は、風に揺れる灯火を連想させるような、ゆらゆらとした光を宿している。切れ長のその目は、宿る剣呑な光とは裏腹に垂れており、表情によっては穏やかに見えそうだ。


 前髪は右目の上あたりで分かれており、左側の前髪がやや長めなせいで、目がちらちらと見え隠れしている。シュッとした顎のラインや鼻筋など、全体的にシャープな印象を与えるパーツが多く、怜悧な美貌という言葉が、しっくりくる感じだ。


 無遠慮ながら顔を観察させてもらっていると、その視線がこちらを向く。瞬間、ゾワリと体が危険信号を放った。


 私は全力で腕を振り払いにかかった。


 や、やめろ……これ以上私の心に負荷をかけないでくれ……。


 暴れまわる私に対して、私の肩を掴んだ人物が舌打ちをこぼす。それでも変わらず、うごうごと抵抗を示す私に、痺れを切らしたのだろうか。ひょいと肩に担ぎあげられて、米俵のように持たれた。


 畜生この怪力め! っていうかこの担ぎ方割と乙女ゲームで見る! 無駄に反映するな。


 諦めずに手足をめちゃくちゃに振り回して暴れるが、逃げ出すことは叶わずに運ばれ続け、例の死角になっている書架のところまでやってくると、急に床に振り落とされた。


 体が強かに打ち付けられ、痛みに呻く。けれど、そんな私にお構いなしに、痛みをもたらした、原因となる人物は口を開いた。


「お前……見たな?」


 何の話でしょうねえ!


 身に覚えのない私は、当然首を横に振る。


 私は無実です、無罪です、身の潔白を主張します!


 けれど、相手はこちらの主張を聞いてくれる気はないようで、胸倉を強引に掴まれてしまった。


 乱暴すぎるよ……。

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