表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/76

第50話 蓮実玲児:快感

 彼を苛んでいた暴力は、すっかり鳴りをひそめた。


 どうやら、両親は彼の火の能力を恐れているようだった。


 玲児は鼻で笑った。


 臆病なやつらだ。そんな程度のことで、やめてしまえるようなことなら、最初からしなければいいものを。


 しかし、玲児にとってすでに両親は、関心の外にあった。


 彼らに制限される必要がなくなったと言うのであれば、家に留まる意味も、必要もない。


 玲児は軽やかな足取りで家を出て、自分の狭い世界を破壊することにした。


 しかし、どうにも世間一般では、子供が一人でうろついていると言うのは、目立つ行為らしい。


 物珍しそうな、奇異の目で見られることがしばしあって、それで初めて気がついたのだ。


 睨みつけてやると、不愉快げに顔を顰めて足早にその場を去っていく。一体、何がしたいのかと鼻を鳴らすと、ニヤニヤとした笑みを浮かべた子供に声をかけられた。


「おい、お前、ひとりぼっちで何やってんだよ」


 まるまると太った少年は、玲児より幾分か身長が高く、その体格を見た限りでは、いくつか年上のように思えた。


「ア?」


 機嫌の悪い時の父親のような声が咄嗟に漏れて、不愉快な気持ちに舌打ちをこぼす。


 すると、自分に舌打ちをしたと思ったのか、声をかけてきた少年がいきり立つ。


「お前、何年生だよ!」

「はァ? つかお前、誰だよ。俺に何の用だよ」


 答える必要性を感じない質問に、玲児の方も苛立ち始める。


「ぼっちのくせに、偉そうにしやがって! この辺の小学生なら、俺が一番強いんだからな!」

「意味わかんねェ。つかジャマなんだけど?」

「こいつ!」


 激昂した少年の腕が動いて、玲児の頬を強かに打つ。


 少年は、満足げに笑みを浮かべて……。玲児の顔を見て、すぐに凍った。

 玲児は笑っていた。


 頬を殴られて感じたのは、「生ぬるい」と、それだけのことだった。


 こんなものではなかった。


 玲児が向けられていた悪意も、暴力も、こんなものではなかったのだ。


 たかが少年の、たかが一発。そんなもので、今更玲児が怯むことも、ましてや痛がることも、なかった。


「お返しだ」


 そうして、玲児は初めての暴力に身を任せる。


 加減の感じられない体重の乗った一発。さらには、笑みを絶やさない不気味な佇まいに、少年は早々に白旗を上げた。


 根性のねえやつ、と鼻白みながら、玲児は自分が興奮の最中にいることに気がついた。


 握った拳には、じわりとした痛みが広がり、一方で、今まで得たことのない満足感が、自分の中に広かっていくのを感じたのだ。


 そうか。これが、これこそが。


 両親の愛していたもの。


 知らず、玲児の口角が上がっていた。存外簡単なことだったのだと、彼は初めて気がついたのだ。


 次は……次にまた、両親が腕を振り上げた時には。その時には、彼らに対しても、これをしよう。


 そう考えるだけで、脳髄が痺れるような陶酔が、玲児の拳から広がるのだった。




 玲児は、自分には二つの大きな武器があるのだと学んだ。


 一つ目は、暴力を振るうことに対して、全く躊躇を感じないところだ。


 人に殴られ、殴って初めて気が付いたことなのだが、ある程度以上の年齢になると、どうやら人は人に対して暴力を振るう際、多少なりともためらいを感じるものらしい。無意識の内に手加減をしているのを如実に感じた。


 しかし、玲児の中にはそのブレーキは存在しない。何故なら彼にとって暴力は、日常であり、何よりも自身に近いものだからだ。


 二つ目の武器は、言わずと知れた玲児の能力だ。両親をひるませた炎の力は、他の人間にとっても恐ろしいものであるらしかった。


 そもそも、火の能力と言っても、普通は指先にライター程度の小さな火が灯せるとか、その程度の力が大半であるらしい。それに比べて、玲児の使える力は、人ひとりを燃やすことなど容易いほどの、大きな炎だ。いうなれば、歩く火炎放射器のようなもので。そんな彼が恐れられるのは、当然といえば当然といえた。


 暴力が暴力を呼び寄せるのか。玲児は気が付けば、殴っては殴られるの繰り返しの中で、すっかり有名人になっていた。


 曰く、手の付けられない問題児。


 悪い大人たちに目を付けられるのも早かったが、幸い、玲児の能力はそれらをけん制することにも使えた。


 玲児が問題を起こすようになると、当然「世間体」とやらを大事にしてきた両親はいきり立った。


 しかし、暴力と能力を駆使するようになった玲児にとって、最早彼らは脅威でもなんでもなかった。


 ただ、今まで愉悦に歪んでいた顔が、恐怖に引き攣り、涙を浮かべて床に額をこすりつけて慈悲を乞う両親の姿を見た時――。


 玲児は腹の底から這いあがるゾクゾクとした感覚に、笑い声を止めることができなかった。そうして、その快感に、酔いしれた。


彼はその時、生まれて初めて、心が満たされると言う感覚を味わったのだ。


ああ、そうか。お前たちはいままでこんな――。


こんなに楽しいことを、独占していたってことか――。


こうして、玲児の中で暴力は快感と結びつき、いつか脳内で何者かが語っていたように、許さず、排除し、燃やし尽くす。


そんな毎日を送るようになっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ