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第48話 何なんだ、コイツ。

「千代ちゃん、随分怖そうな人と仲良くなったんだね」


 不安そうに眉を下げながら、悠真はそんな風に話しかけてきた。


 千代は一体、なんの話をしているのかと鼻白む。しかし残念なことに、すぐ心あたりに行き当たってしまった。


 あー、多分というか絶対に、これ蓮実玲児か水瀬彗斗のことですよね……。


 どっちだ……? 桐原陽太経由で蓮実玲児の話を聞いたのか、それとも我が家にやって来た時にでも、水瀬彗斗とすれ違ったりしたのか……。


 というか、怖そうな人と仲良くなった、なんて言われて、思い当たる人が複数人いるという事実、あまりにも悲しすぎる。


 怖い人間と関わり合いになりたくない人生だった……。


 千代は内心血涙を流しながら、どう答えるべきかと慎重に言葉を選ぶ。


 そう、確かに蓮実玲児と水瀬彗斗は恐ろしい人間だ。


 できれば交友関係を断ち切りたい。と言うか待ってくれ、仲良くないと思う。全然良くはないと思う。


「……仲、良い……? かな?」


 良くないよね? という感情をこめまくりながら柊木悠真に話しかけると、何故か間髪入れずに頷かれてしまって泣いた。


 どうして知り合いでもないのに、仲良い判定はすぐに下すんだよ。


「随分千代ちゃんの家に遊びに来ているみたいだし……。仲良くなかったら、そんなに頻繁に遊びに来ないよね」


 違うんだよ、勝手に来てるんだよ、あいつら。


 しかし、悲しきかな。あの二人が間をおかずに家にやって来るのは事実なのだ。外野から見たら、仲が良いと思われてしまうのも仕方がないと言わざるを得ない。


 オーマイゴッド。


 神よ、いるならいい加減助けてくれ。


「でもボク、心配なんだ……。暴力的な人なんだって噂があるから。勿論、噂を鵜呑みにするのは良くないことだけど、火のないところに煙は立たない、なんて言葉もあるくらいだし」


 ちらり、とこちらを向いた視線に、私は大きく頷く。


 実際、噂どころではなく、二人とも他人に暴力を振るうことのできる人種であることは間違いがない。


 そして私自身もできれば関わり合いになりたくない。


 だが、しかし。


「でも……」


 怖くてもう来ないでって言えないよ〜!


 だってあの人たち、気軽に暴力振るえる人たちなんだもん。死ぬのはまだしも、怪我をするのは本当に勘弁願いたい。


 え? 死ぬのは良くて怪我をするのは嫌の意味がわからない?


 馬鹿野郎、死ぬのは一瞬、でも怪我したらずっと痛いだろうが。


 痛いの嫌だ。


 どのくらい嫌かというと、紙ですうっと指を切った時のことを思い出すだけで、顔が梅干しみたいになるくらい嫌だ。


 あ、思い出し痛い。


 顔をキューっと顰めていると、柊木悠真が慌てた様子で両手を振った。


「ご、ごめん! 千代ちゃんのお友達を悪く言いたいわけじゃないんだ。その、だから、ボク、千代ちゃんのことが心配で……!」

「……わかってる」


 何を慌てているのか知らないけれど、柊木悠真は何も間違ったことは言っていないのだ。


「そっか、良かった……!」


 すごいなこいつ……一人で勝手に盛り上がって、一人で勝手に完結している。


 これ、私が返事する必要あるかな? なくない? 帰ってもらっていいか?


「でもやっぱり、千代ちゃんのことを心配しちゃうのは、許してくれる?」


 柊木悠真は、そう言って私の手を掴んだ。


 潤んだ瞳に見つめられて、全身に鳥肌が立つのを感じる。


 もしかして私、こういうあざとい感じの趣味があったのか……。気づきたくなかった。


 目の前の現実から早く逃れたすぎて、首を縦横無尽に振る。


 すると、柊木悠真は「良かった」とどこか嬉しそうに呟いて、私の手を解放した。


 私もほっと息をついていると、ここ最近で聴き慣れてしまった足音が聞こえてきて、咄嗟に身構える。


「……ア? 何、そいつ」


 ゆらめく炎を思わせる髪……。つまりは、蓮実玲児がそこにいた。


 またこいつ人ん家に勝手に上がり込みやがってよ、出るとこでるぞ、本気で。まあ、こいつを家に入れているのは我が家の母親なので、出るとこでても絶対に勝てないんですけどね。はは。


 ウチの母親の警戒心のなさ、どうにかならないの……?


「……君こそ、誰かな?」


 遠い目をしているうちに、柊木悠真の硬い声が聞こえてきて、私はハッとした。

 あ、邂逅してる⁉︎


 やばい、トイレで人の悪口言ってる時に、本人が入ってきちゃった時みたいな気まずさが凄い。


「ア? 俺が先に聞いてンだろ」

「……そうだね、ごめん。ボクは柊木悠真。千代ちゃんとは、ずっと仲良しなんだ。ね、千代ちゃん?」


 え? ああ、うん。うん?


「うん……?」

「ね? で、君は?」


 私の疑問系は、柊木悠真の中で確定系ということにされたらしい。大変遺憾ではあるが、ピリついた空気の中でわざわざ否定するほど強いメンタルは、私にはない。


「チッ。蓮実玲児。そいつのダチ」


 え、お前、私のダチだったん?


 何それ初耳なんだけど、それいつからそうなったのか、おばちゃんに教えてもらってもいい?


「ダチ、ね……。そう、君が……」


 柊悠真が目を細める。なんというか、一触即発の空気が、流れ始めていた。


 私の部屋で、妙な空気を作るのはやめてもらえないだろうか。


 やれやれ、と肩をすくめていると、柊木悠真はパッと笑みを浮かべ、一瞬前までの態度が嘘みたいに、親しげに蓮実玲児に手を差し出した。


「そうなんだ! 千代ちゃんの友達ってことは、ボクの友達でもあるってことだね! これからよろしく!」


 凄まじい温度差を感じさせる、鮮やかな変わり身の速さに、私は戸惑いを隠せなかった。


 しかし、私以上に戸惑いを見せている人物がいた。もちろん、手を差し出された人物……蓮実玲児その人だ。


 警戒心を露わに鋭く睨みつけても、柊木悠真はニコニコとするばかり。


 軽く手を叩き落としても、柊木悠真は全くめげる様子がなく、握手をするまで諦める気はなさそうだった。


「何なンだコイツ……」


 気味が悪そうにしている蓮実玲児の言葉に、返す言葉はない。


 何なんだろうね、コイツ。


 私は遠い目をしながら、薄く微笑んだ。


 え? 誤魔化しだって? うるせえ、人生には誤魔化しと言うものが必要な瞬間が、確かにあるんだよ。黙りな。

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