第47話 二度とそれを陽の下に晒すな。
そうして目が覚めると、何故か自宅にいて、しかも蓮実玲児が目の前にいた。どうにも、気を失った私を抱えた蓮実玲児の元に、なかなか家に戻ってこない私を探しに、両親がやってきて鉢合わせたようだ。
そのまま、両親は私を心配する蓮実玲児を家に招いたようで、目を覚ました時に蓮実玲児が我が家にいた……ということらしい。余計なことを……どうしてあいつに自宅の所在をばらしたのか……。
そういうわけで、蓮実玲児は我が家の場所を完璧に覚えたうえで、何故か頻繁に我が家に遊びに来るようになったにである。本当に何で?
今日も、蓮実玲児は元気いっぱいに遊びに来たようで、窓から人を投げ飛ばしている姿が見えた。飛び出したよね、家を。
うわーい、人が空を飛んでるよお。(白目)すごーい、人ってこんなに飛べるんだねえ!
思わず現実逃避をしながら、我が家の前の道路で人をちぎっては投げている蓮実玲児の姿に遠い目をする。
近所迷惑とかいう括りですらないな、これ……。何、何迷惑って言えばいいの? とりあえず迷惑なんでやめてもらっていいですか?
そう思った私の気持ちが、通じたのだろうか。不意に、獣のような理性の消えた瞳をしていた蓮実玲児の視線が、こちらを向く。
目が合うと、すうっとその瞳に理性の光が宿るのが分かった。
「よォ、千代。何してンだ?」
それはこちらの台詞なのだが? ああ、いや。人間を投げてるですね、わかります。
片手をあげながら近づいてくる蓮実玲児の頬には、返り血と思われる赤い液体が付着している。
古典的演出だ。作った人間のセンスを疑うね。私だったわ。クソが。
私が死んだ目をしていると、不意に、こちらに歩み寄ってくる蓮実玲児と私の間とに、割り込む影があった。
誰だよ、この命知らず。
憐れみながら視線を向けると、その姿には見覚えがあった。と言うか、桐原陽太だった。
まずいですねえ!
下手すれば人間界とあやかし界の戦争が始まりそうな気配を察知して、私は慌てて桐原陽太の服の裾を引っ張る。
「大丈夫、おねーちゃんのことは、オレが守るから。任せて、こう見えてオレ、結構強いんだよ」
守ってくれなくていいからそこをどいてもらえませんかねえ!
私の必死の思いは全く伝わらず、案の定、視界を遮られた蓮実玲児が、不快そうに眉を寄せる。
「何だ、てめェ……殺されてエのか」
「簡単に殺すとかなんとか言っちゃだめだよ」
前者が人間で、後者が妖怪である。なんかこう……違くないか? いや、私の勝手なイメージだとは思うのだが、普通はこう、人間より妖怪の方が道理が通じなくて、暴力的なものだという気がするんだけど……。逆なんだよなあ。
それこそが蓮実玲児の人間界における異質さを示しており、また桐原陽太が妖怪中では異物であるということを示している。
その設定を思い出させられてしまい、私は吐血しそうなほどに喉元が熱くなってきてしまった。きつい。
「それで、どうしてこんなところで暴れてたの? ここは、オレの大事な子が住んでるところだから、できれば立ち去ってほしいんだけど」
「ア? 俺はその女に用があって来たンだよ。寝言は寝て言え」
「女……? え、もしかして、おねーちゃんと知り合いなの?」
桐原陽太が目を見開いて驚愕を表しながら、こちらに視線を向ける。
私はがくがくと頷きながら、桐原陽太の後ろからひょっこりと顔を出した。
「……玲児」
「おー。暇だから、ゲームでもやろうぜ」
蓮実玲児の顔から、険が消えて微かな笑みが乗せられる。
急に来てゲームやろうぜ! じゃねえんだよな。
それを間近に見ていた桐原陽太は、驚いたように目を丸める。
「はン。わかっただろ、いいから消えろ。今日は機嫌がいいから、見逃してやる」
しっし、と蓮実玲児が手を振る。野良猫を追い払うような仕草だ。
珍しいこともあるものだと思うが、二人が喧嘩にならないと言うのならば、願ったりかなったりだ。
とりあえず蓮実玲児の言う通りに、桐原陽太には帰ってもらおう。
「陽太……バイバイ」
しかし、蓮実玲児の元へと向かおうと足を踏み出すと、その手を何者かにパシリと掴まれる。
桐原陽太だ。
「待って。オレも、おねーちゃんと一緒に遊びたくて来たんだ。せっかくだから、三人で遊ぼうよ」
もしかしてコイツ無敵なのか?
よくもまあ、顔面に返り血をつけたままの、殺すだのなんだのと物騒な物言いをする男と一緒に遊ぼうなどと言えるものだ。
驚愕している私の横で、蓮実玲児の眉が跳ね上がる。
「お前、バカか?」
「あはは、そうかなあ。でも、皆で仲良くできるんなら、バカでもいいかも」
爽やかな笑い声をあげる桐原陽太とは裏腹に、蓮実玲児の怒りのボルテージが上がっていくのがわかる。
ま、まずい……!
慌てて間に入ろうとするが、既に遅かった。
蓮実玲児から強烈な蹴りが放たれ、桐原陽太はその犠牲に――。ならなかった。
バシィ、と大きな音を立てながら、その蹴りを受け止めたのだ。
そうだったわ、忘れてたけどコイツ、人外だから強いんだわ!
「あっぶな……ちょっと、急にこんなの……」
眉をしかめた桐原陽太が、咎めるように唇を尖らせる。しかし、間髪入れずに、地面に両手をついて体を回転させた蓮実玲児の、二発目の蹴りが放たれた。
「わっ」
慌てた桐原陽太の声が響き、私はぎゅっと目を瞑った。
……死んだか?
そろりと目を開けると、そこには意外な光景が広がっていた。桐原陽太が、蓮実玲児の両足を掴んで、パタパタと飛んでいたのである。
死ぬかと思った。黒歴史を陽の下に晒されている私が。
お前ー! お前、お前、お前! 二度とその負の象徴を人前に晒すなとあれほど言っただろうが! ……言ってないわ、思っただけだったわ、ごめん。
「テメ、なンだその翼……!」
「これ? あはは、オレ、実は妖怪なんだよね」
ガバガバ情報管理やめろ――。
「陽太!」
あんまりにもあんまりだったので、強めに名前を呼ぶ。桐原陽太は、ふわりと微笑んで、「大丈夫だよ」と囁いてきた。
いや、何にも大丈夫じゃないが? 私のメンタルは既に致命傷を食らっているが?
「妖怪? ハッ、何の冗談か知らねェが、上等だ。かかって来いよ、遊んでやる」
「あはは、遊んでくれるんだ。やったあ」
目をギラギラさせた蓮実玲児に、桐原陽太はほわほわと笑い返す。桐原陽太がどういうメンタリティをしているのか、私にはわからないが……。
なにやら二人とも楽しそうなので、良いのではないだろうか。
私と遊びに来たと言いながら、仲良く喧嘩をしている二人を置いて、私は自室に帰ることにした。
耐え切れなかったので、桐原陽太が翼を出すことだけは、禁止させた。