第46話 スチル! BGM! 心の破壊!
「……俺さ、昔から凄ェ、バケモンみたいな衝動があるワケ」
蓮実玲児のその言葉に、私は黒歴史ノートに記載された内容を思い出した。
蓮実玲児は、幼い頃から家庭内で暴力に晒されていた男だ。そしてそれは、蓮実玲児が反撃し、天性の能力の高さによって、両親を制圧するまで続いた。初めて親を屈服させた時、彼はそのあまりの快感に恍惚とした。今まで自分を痛めつけ、罵倒してきた化け物が、涙と鼻水にまみれた情けない顔で、命乞いをしている姿を見て、心の底から満たされた。そして思ったのだ。
ああ、確かにこんなに楽しいこと、やめられねェよな、と……。
それから先は、自分の中の衝動に身を任せるまま動き始める。それは、暴力を通り越して、殺人までさせるような、強い衝動だ。親にはもう、彼を止められるような機能はない。そもそも、全ての始まりは両親の暴力なのだから、止めたとしても、どの口が言っているのか、という感じなのだが。そうして、膨らんでいく暴力衝動に対して、彼は自身を止めるすべを知らなかった。
という設定の暴露を、何故か初対面の私の前で、蓮実玲児がしようとしていることに気が付いてしまったわけだ。
桐原陽太といい、自分のパーソナルな情報に対して異様にガバいの何? 私が作ったシナリオがクソシナリオだってことをまざまざと突きつけるの、本気でやめてほしいんだけど。
「無理に、話さないで」
急いで首を振る。けれど、蓮実玲児は何故か目を細めて、面白そうに笑った。
おい、その「面白ェ女」みたいな顔本気でやめろ。本気で気持ち悪くなってきちゃったよ。
「お前が俺の話にどんな反応すンのか、興味あるンだよ」
この相手の都合を無視した傲慢な物言い、まさしく乙女ゲーム序盤のやべえ男って感じがするな……。だから私が考えそうな展開にするのなんで? この世界の神様ってもしかして絶対に私を殺すマン? あ、この世界の創造主は私だったわ。アハハ、笑えねえわ。
「殺したくなるンだよ」
蓮実玲児の顔から、全ての表情が抜け落ちる。伽藍洞の瞳がこちらを向き、彼の凄絶な体験を物語るように、その顔に影が落ちる。
「人を、よ」
あ、ああ……あああ。
私はその瞬間、発狂というものを、二度の人生で、初めてしそうになった。そのくらい、それは衝撃的だったのだ。
す、スチルだこれ―――!
そう。彼のその表情と、背後に山となった人間たちの姿は、年齢こそ合わないものの、かつて私が描いた一枚絵――。ノベルゲームにおいて、重要なイベントの際に表示される、スチルそのものだったのだ。
ああ、思い出した……確かにヒロインと衝突するのも喧嘩シーンだったし、あったわ人間の山。もうこれギャグだろってくらい積んでさ……。一応シリアスシーンだったはずなのになんであんなことしちゃったんだろう、私。
私の心にも影が差した。というかもう影を越して闇だ。終わりである。殺してくれ。
何が「人を、よ」なんだよ、もっといい言い回しなかったのかよ。っていうか私のせいでいまいち蓮実玲児の口調定まっていないの、普通にダサくて可哀そうすぎる。ああ、死にたい。
穴に埋まるくらいではこの羞恥は払拭できそうにない。なんかもう本当にお願いだから誰か今すぐ私を殺してはくれないだろうか。
そんな考えがぐるぐると脳内を巡る。そんな私の前で、蓮実玲児が再び口を開いた。スチル再現に心が破壊されていてわからなかったが、台詞の途中だったらしい。
「だから……お前もそこから消えねェンなら、殺しちまうけど……?」
喜んでー!
え、今殺してくれるって言ったんですか? まじ? やっぱり君、私の心読んでるでしょ! でももう私本当に今すぐ楽になりたいんです! やったー! ありがとう!
「構いません‼」
くそでかい声で返事をしてしまった。何なら蓮実玲児に縋りついてしまった。目先の絶望に完全に心をやられたせいで、この世界の滅亡まで待てる気がしなかったのだ。
もしかして、私の神は柊木悠真ではなく蓮実玲児だったのかもしれない!
決して逃すまいと蓮実玲児に縋りつく。
「……っ! あったけ……。人ってこんな、あったけえンだ……。生ぬるい血の温もりじゃない、生きた人間の温もり……」
神よ、どうか私に天罰という名の許しを与えてくれ……頼む……!
「俺のこんな……獣みてェな衝動でも、お前は受け入れてくれるのか……。それでも俺に、怯えないでいてくれるのか……」
おお、神よ……。
「……?」
なんか、殺されるどころか背中に腕回されてない? え、夢?
そーっと顔を上げてみると、何故か蓮実玲児に泣きながら抱きしめられていた。
いや、なんでだよ。っていうかこの人なんで泣いてるんだよ。コイツ、涙なんか流せたのか。この時期の蓮実玲児が、暴力衝動以外に感情を揺らすことがあるとは初耳である。
全く事態の把握ができずに、私は困惑する。一体何がどうなってそうなったんだ。
「えっと……?」
疑問の声を上げると、蓮実玲児が顔を上げた。
「ああ」
何かに納得したような声を上げる蓮実玲児に、私は安堵の息を吐く。
ああ、そうなんですよ。私事態の把握を全くできていないので説明してほしいんですよね。
「俺は、蓮実玲児だ」
いや違う。自己紹介してほしいとは一ミリも思ってない。っていうかお互いに名前を知らない状態のまま別れたかった。殺してくれないなら二度と会いたくないし。
「……お前は?」
「えっ……橘千代……」
反射的に名乗ってしまってから、しまったと口を手で覆った。このポンコツ、どうして名乗ったんだ。
「千代……千代……」
蓮実玲児が私の名前を確かめるように、口の中で何度も唱える。それと同時に、どこからともなく、聞き覚えのあるなんかいい感じのBGMが流れてきた。
こ、これは……! 蓮実玲児のテーマ曲として設定した、フリー配布されていたのを借りてきたなんかいい感じのBGM……!
私は再び膝から崩れ落ちた。ぎょっとした表情をした蓮実玲児が、「おい、大丈夫か!」と声をかけてくるのを聞きながら、私はショックで意識を失った。
ああ、桐原陽太と会った時、店内BGMが変わったと思ったのは、あれ桐原陽太のテーマ曲BGMだったんだ……。
意識の最後で思ったのは、そんなことだった。