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第45話 胸が痛い。いや、本気で。

 乙女ゲームには、「やばい男」が居がちである。その理由は、世界の危機と隣り合わせのストーリーになりがちなものと同じだと思われる。そう……スパイスである。


 優しくて常識的な攻略対象の魅力を丁寧に積み上げるより、やべえ男のギャップの方が、描きやすいという側面も、もしかしたらあるのかもしれない。


『俺に話しかけるな。殺すぞ』


 とか鉄面皮で言ってた男が、最終的に主人公にべったりになって、ついでに頬なんか染めちゃって。


『俺から離れるな。お前がいないと、俺は生きていけない……』


 みたいになった時の達成感といったらないしね。


 私はこいつを絶対に倒すという強い意志で乙女ゲームをプレイしている。


とにかく、やべえ男のルートというものは、ジェットコースターに乗っているようなアップダウンの激しい話にしやすいし、刺激的で印象に残りやすいのだ。


 「やばい男」の辿る運命というのは、大きく分けると二つになる。それは……改心するか、そうでないかだ。


 改心する場合は、ヒロインの出会いによって愛を知り、それを知る以前の自分がどういう振る舞いをしていたのかを自覚するのである。その後は、警察に出頭するでも良し、贖罪をするでも良しだ。そうして、プレイヤーはそんな男が初めて抱いた愛に萌えるわけである。


 そして、改心しない場合。もう嫌な予感しかしないのを理解してもらえるだろう。


 これに関しては、ルートが存在するのにも関わらず、結局のところコイツヒロインに心開いて無くね? みたいな感じになるタイプの攻略対象が、存在するのである。


 これが攻略できないタイプの攻略対象というわけである。蓮実玲児の場合は後者だというわけだ。詰んでるじゃねえか。


 第三者として男女の恋愛を見る際、やべえ男の初恋は面白いし、恋をしない場合も、特殊な人間関係を構築してはいるわけなので、オタクは大満足なのである。


 それが愛であったら嬉しいし、そうでなくとも関係性に萌えているので問題ない。


 だがしかし、それが自分の周囲で実際に起こるとなると、話は別なのである。


 エンドによっては軽率に人を殺す男と知り合いになりたい人、います?


 私がこの男を前にしてするべきことはただ一つ……そう、逃走である。


「俺を前にして逃げないなンて、胆の据わった女じゃん」


 馬鹿野郎小学生のくせに女とか生意気言ってんじゃねえ。っていうか今から逃げるところなんだよ! あ、まずい。自分の新たな黒歴史と対面させられた痛みで涙出てきた。


「……泣いてンの?」


 ほろほろと涙を流す私を前にして、蓮実玲児は冷たい目をした。


 こいつなんで泣いてる幼女に対して、こんな鬼みてえな対応できんの? 親の顔が見てみたいんだが? 生みの親は私だ、馬鹿野郎。


 私は深い悲しみを抱いて蓮実玲児を見つめた。


 私が「乙女ゲームにはやべえ男がつきもの!」とかルンルンしながら作ったルートだから、こいつ人を殺した後捕まるエンドがあるんだよな……。


 そう思ったらこんな目で見られても仕方のないことしてるんだよな。ほんと、私の都合で軽率にお前の人生台無しにしてごめんな……。


 私の視線に、蓮実玲児はピクリと肩を揺らした。


「……何、バカにしてンの? それとも……同情してンの?」


 蓮実玲児の瞳が怪しく光る。それは、警戒を表した光だ。


 なんでバレたんだよ。お前に対して同情する要素、今までの流れでなかっただろ。お前他人の視線から正確に感情を読み取る能力があるなら、もっといいことに活用した方がいいよ。


 しかし、私はこいつがやべえ男だということを知っているわけである。


 馬鹿正直に「お前の人生に同情しています!」なんて言おうものなら、下手したら死ぬまであることをわかっているのだ。


 私は必死に首を横に振った。そして、退路を意識しながら言い募る。


「違う……痛いの」

「痛い? 俺が?」


 だからなんで正解を当ててくるんだよ。お前自分の存在自体が、私の中二病と黒歴史を凝縮したものだって、もしかしてわかってるのか?


 だけどまあ、実際に胸が痛いのも確かなので、そちらを言い訳にさせてもらおう。


「ここが……痛い」


 胸のあたりをぎゅっと掴む。洋服に大きく皺が寄って、跡が付いたら嫌だな、と思った。


「胸? お前、病気とか?」


 蓮実玲児は器用に片眉を持ち上げ、若干憐れんでいるかのような視線をこちらに向ける。


 おい、私が考えそうな根はいい奴っぽいムーブをするな。吐くぞ。


 私は再び顔を横に振る。


「じゃあ、何なワケェ?」


 そのカタカナ交じりの発音、当時のこだわりを感じさせられて、めちゃくちゃ辛いからやめてもらっていい? うわ、また泣けてきたわ。


「キミが……痛い」

「あ?」


 やっべ口が滑った! 本音をポロリさせちゃったよ!


 私は慌てて口を開いた。


「キミが……痛くて……私は……痛い」


 うん、言い訳になってないや!


 私はここまでかもしれないな……。と思った。


 この世界を消し去るまで死ぬわけにはいかないと思っていたけれど、なんかもうここまで来たら死んで私の意識を終わらせる方が早い気もしてきた。何も考えたくない。桐原陽太に自宅まで侵入されて、もうなんかメンタルが終わり。私の安寧の地はない。


「あ……? もしかして、俺の怪我のコト? 俺の怪我で、自分の胸が痛むって言ってンの……?」


 ごめん何か言ったか? 今一番楽に死ねる方法に想いを馳せていて、全く聞いていなかった。


 私は蓮実玲児の話を全く聞いていなかったことを誤魔化そうとして、無理やり笑った。泣いているのに無理に笑おうとしたせいで、泣き笑いみたいな不気味な顔をしてしまった。


「やっぱりそうなのか……変な女」


 おい、面白ェ女構文をやめてくれ! それは私に効く! っていうかお前勝手に何かに納得してたけど、何言ってたんだよ。

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