第44話 オッドアイはよくない。
皆、元気かな? 私は毎日自分の胃液と戦ってるよ!
いや、聞いてほしい。うっかり近所のスーパーで、攻略対象の一人である桐原陽太と出会ってしまった私は、即座に逃亡を図った。しかし、腐っても攻略対象である。
凄まじい反射神経とバカ力を前に、私は成すすべもなく捕まってしまった……!
あれよあれよという間に彼をサービスカウンターに送り届けることになり、自分の過去の趣味を反映した顔面を前に、居たたまれなさがやばすぎて、うっかり間を持たせようと口を開いてしまった。
なぜか自分が妖怪だと暴露してくる桐原陽太。なんでだよ。墓場までその秘密持って行ってくれよ。
こんなに簡単に口を割るなら、その口で私の黒歴史を広げてしまうのでは……? と不安に駆られた私は、勿論この世界を滅ぼすことを熱く誓いなおした。
しかし、しかしだ。なぜか知らないがその短い邂逅の中で、どうにも桐原陽太に懐かれてしまったらしい。おかしいだろ。誰だよこんなクソチョロ攻略対象作ったの。私だよ。
母のお気に入りになった桐原陽太は、橘家のフリーパスを所持していますと言わんばかりに、頻繁に家に出入りするようになってしまったわけだ。どうして?
そういうわけで、自宅に居づらい。私の家のはずなんだが? どうして私が桐原陽太に怯えて家の外にでなければいけないのか、わからないよ……。
嘆いていても、何も始まらないのである。柊木悠真や桐原陽太の自宅襲来に怯えながら過ごしている間に、いつの間にか私も小学四年生だ。以前より遠出をさせてもらえるようになった。だから、私は家を飛び出し、心の安寧のために近所を散歩していた。
はあー……見るのも辛い現実(攻略対象たち)が目の前を闊歩しているの、本当にどうにかしてほしい。具体的には、消えてほしい。
独り言をこぼしながら歩いているうちに、存外遠くまで来てしまっていたらしい。気が付けば、周囲が見覚えのない景色になっていた。
やらかした。本物の幼女みたいな計画性のないことをしてしまった。
思わず頭を抱えた。まだスマホは持たされていないから、自力で自宅まで戻るのは難しそうだ。
仕方がない、誰かに道を尋ねるしかないだろう。
そう思いながら角を曲がると、道の先に小さな背中が見えた。これ幸いと私は声をかけようとして駆け寄り……その先に転がる人間の山に言葉を失った。
え、何⁉ 集団食中毒⁉
ビックリした勢いのまま、手前に転がっている人に向かってしゃがみ込む。よく見たら、子供である。中学生くらいと思しき子供たちが、地面に大量に倒れ伏していたのだ。
何事かね⁉
内心驚愕しておろおろしていると、背中から声をかけられた。
「あれェ、お前もあいつらの仲間ァ?」
中音域の、透明感のある声――。声につられるようにして、立ち上がりながら振り向くと、炎を思わせる赤い髪が視界に飛び込んできた。
柊木悠真や桐原陽太と比べると、健康的に焼けた肌。意志の強そうな、きりりとした眉。
薄い桜色の唇の上には、作り物かと錯覚してしまいそうなほど、高い鼻があり。さらにその上には、意志の強そうな切れ長の目が鎮座している。炎のような髪色と反比例するように、その瞳からは熱を感じられない。
単純に熱の籠っていない柊木悠真の瞳とは違って、彼の瞳は明確な冷徹さを感じさせた。ぞっとするほど冷たいその瞳は、金色と蒼色に光り輝いており――。
しまったオッドアイだ!
私は思わず膝から崩れ落ちた。そのまま頭を抱える。
中二病憧れの象徴のようなオッドアイをここで出してくるんじゃねーよ! あ、凄い。胃がきゅってしてる。胃液出そう。
最早慣れつつある吐き気を感じながら、私は彼……蓮実玲児のストーリー概要を思い出していた。
『学園にやばい不良がいる。新しくできた友人にそう聞いた貴女は、ある日廊下で人とぶつかってしまう。恐ろしい目をした男相手に、貴女は一瞬ひるむが、果敢に噛みついていく。
「ちょっと、よそ見していたのはそっちですよね!」
「ハ?」
「助け起こすくらいしてくれてもいいんじゃないですか⁉」
「お前、俺のこと知らないワケェ?」
「有名人なんですか? だからと言って、特別扱いされて当然だと思わないでください!」
「フーン……面白ェ女」
喧嘩しながらも、同じ時を過ごす二人。いつもからかってくる彼に憤りながらも、気づけば貴女は彼に惹かれ始めていた……。
しかしある日、貴女は喧嘩をする彼を目撃してしまう。
今にも死んでしまいそうな人を、躊躇なく殴り続けながら、彼は笑っていたのだ――……。
ゾッとする貴女に、彼は冷めた瞳で言った。
「なァんだ、結局お前も、ただの女か」
冷たい態度に変わった彼に、諦めきれない貴女は立ち向かっていく。すると、彼は貴女に試練を与えるかのように、嫌がらせを繰り返す。
※この男を信じるべきではない』
面白ェ女はどちらかというと夢小説の文脈――!(※諸説あります)
しまった、夢小説も軽く嗜んだ時期があったせいで、軽率に乙女ゲームに夢小説文脈を持ち込んでいた……! キャラクター構成自体は割とよくいる「乙女ゲームのやばい男」っぽいと思うのだが、いかんせん一度でいいから面白ェ女文脈を使ってみたかった若気の至りが表出している……!
しかもこの男、火の能力を使って人を殺すエンドがあるんだよなあ! こんな危険人物を野に放つな! 何がスパイスなんだよ最早火傷してるわ!
というか、「結局お前も、ただの女か」ってなんなんだよ。ただの女じゃなかったらなんだと思って今まで接してたんだよ。人外か? 主人公がどういう生命体だったらお前は満足なんだよ。わけわかんねえよ。
あと『※この男を信じるべきでない』表記、明らかに攻略できないタイプの攻略対象なんだよなあ!