第39話 桐原陽太:戦おう
「オレって、阿呆だったんだな……」
幽閉された座敷牢の中で、陽太は天井を見上げながら呟いた。
自分でも気が付かないうちに、随分と浮かれていたらしい。
あの日、持ち出すことに成功した通帳には、カードが挟まれていて、やり方さえ調べてしまえば、簡単にお金を引き出すことができた。
早速ゲーム機と、千代のおすすめしていたソフトを何本か見繕った陽太は、悠真にプレゼントした時のことを想像しながら、珍しく幸せな眠りについた。
そして数日経つと、陽太の通帳がなくなっていることに気がついた妖怪が、長に報告をあげた。そして捜索が行われ……。服の中に忍ばせた通帳はともかく、ゲーム機の方が見つかってしまった。
当然、陽太は妖怪たちから尋問を受けることになった。
張り詰めた空気の中、何故同じものを二つも買ったのか、と尋ねられて、陽太は咄嗟に話してしまったのだ。
「弟にあげるんだ」
と。勿論、陽太に弟がいないことをよく知っている妖怪たちは、陽太に厳しく追求した。
何時間にも及ぶ尋問の末、疲れ果てた陽太は少しずつ情報を開示してしまうことになる。
陽太が「弟」と称したのが人間であること、そして、陽太が頻繁に人間に会っていることを知った長は、憤怒した。
「人間と馴れ合うなど、何事か! 直ちに、その人間たちとの縁を断ち切れ!」
顔を真っ赤にさせる長は、陽太にとって恐ろしい存在だった。けれど、それ以上に恐ろしいことがあった。
千代と悠真との縁が、切れてしまうことだ。だって、陽太には他に何もないのだから。
「……嫌です」
初めて反抗した陽太に、長は目を見開いて、それから恐ろしいほど冷たい目をして、言った。
「どうやら、自分の立場というものを理解していないようだ。閉じ込めて反省させろ」
長の言葉に、妖怪たちは小さな陽太の体を両脇から抱え込んで、強引に座敷牢の中に投げ込んだ。そうして、鍵をかけながら、下卑た表情を隠そうともず、せせら笑った。
「大人しくそこで反省しろ」
と。
ことの経緯を思い返しながら、陽太はため息をついた。
もっとうまくやる方法があったに違いないのに、なんて頭の悪いことをしてしまったのだろう。
暗い座敷牢の中にいると、どうにも気が滅入る。
陽太は能力を使って小さな光の球を作り出そうとして、思いとどまった。妖怪たちは、陽太の光の能力を忌み嫌っている。ただでさえ閉じ込められているというのに、これ以上無駄に刺激をするべきではないだろう。
「おねーちゃん、悠真……今頃、何してるのかな……」
目を閉じて、ゆっくりと夢想する。
千代はきっと、新しく買ってもらったというゲームをやりたくてソワソワしているだろう。悠真がそんな千代の様子に気が付かないはずがない。
一緒にやりたいと言い出して、千代も喜んでそれに応えるだろう。
肩を寄せ合って、二人で小さな画面を覗き込む二人の姿は、想像に難くなかった。
いいなあ。オレもその場にいたかったなあ。
口の中で呟いて、二人の間に挟まる自分の姿を夢想する。温かい光景だ、と素直に思う。こんなのは、同族の――妖怪の中にいる時には、絶対にあり得ない光景だ。
やっぱり、人間の方がいい。
オレにとっては、人間の方が、良い存在だ。
陽太は目を閉じて、一層深く想像の世界へを身を投じた。
陽太の想像を形にしてしまったかのように現れた、千代と悠真の姿に、陽太は驚きを隠せなかった。
逃げも隠れもしない様子の悠真と千代に、陽太の方が焦ってしまう。
「まずいよ、悠真。どうやってここに来たの? 早く逃げなきゃ!」
千代を不安にさせないように、小声で悠真に声をかける。
けれど、悠真は声が聞こえていないかのように、返事すらしない。
澄ました顔のまま、こんこん、とノックをするように陽太の手枷を軽く叩く。その姿に、陽太は眉を寄せた。
何をしているのかと尋ねる前に、手枷はさらさらと黒い砂の様なものを散らしながら、跡形もなくなった。
それを見て、陽太ははっとした。そうだ、能力をつかえば……! 取りあえず、自分の姿を隠すときと同様に、悠真たちの姿を隠すことはできる……!
他人に使ったことはないけれど、そんなに難しいことではないだろう。
そう思って手を上げた陽太の手を、悠真が掴んで、下ろさせた。
「悠真……?」
一体どうして?
問いかける視線に応えて、悠真は微笑んだ。
「大丈夫だよ、陽太」
大丈夫って、何が?
陽太には全く理解ができなかった。けれど、悠真は何もかも全てを理解している、とでも言いたげな表情で、陽太の瞳をまっすぐに見つめてきた。
その瞳を見つめ返していると、根拠のない安堵が陽太の胸を満たした。
悠真が大丈夫だと言うのならば、そうなんじゃないかな。
陽太の信頼に応えようとするかのように、悠真が口を開く。
「逃げてばかりじゃ、何も変わらないよ。……戦おう」
戦う……? オレが?
陽太の混乱を他所に、地下牢に現れた妖怪たちは、二人をあっという間に捕えてしまった。