第38話 桐原陽太:好きな人たちの好きなもの
千代に勧められて始めたゲームは、想像していたものよりずっと面白いものだった。
陽太はもともと、本を読むことが好きだった。そのため、物語を読むことが主軸をなっているゲームは、彼の性に合ったのだ。
ストーリーの流れは、弱小部活動で出会った少年少女たちが、ぶつかり合う内に互いを信頼して絆を育んでいき、やがて大きな大会で優勝する、といったものだった。
お話しとしてはかなり王道な流れで、変わったところと言えば、その部活動が、実際に存在する競技ではなく、創作されたものだという点だろうか。
全く新しい競技の内容にワクワクして、ハラハラしながら結果を見守る。
勿論、紆余曲折が必要なものだから、ストレートに勝ち続けることはできずに、一度はチームの人間関係も崩壊寸前になる。
「ど、どうなっちゃうんだろう……」
固唾をのんでいるうちに、主人公が立ち上がり、必死の説得をして再び心が一つになっていく。
手に汗を握りながら最後の試合に挑み、感動のフィナーレを迎えて、ようやく陽太は息をついた。
「よ、よかった……!」
安堵の息を吐いて、それでようやく部屋が真っ暗になっていることに気が付いた。
いつの間に、と驚きながら電気をつけて、エンディングムービーを流し終わった画面に目を遣る。
ホーム画面に現れた主人公の女の子を見つめながら、陽太は千代のことを思い浮かべていた。
「おねーちゃんみたい……」
ぼんやりとそう呟きながら、画面をそっと撫で付ける。
強くて、優しくて、その言葉と行動で相手を救いあげてくれる。
だからこそ、男の子は段々と彼女が特別になって、彼女のためなら頑張れて、彼女のことを、好きになった。恋をした。
その気持ちが、オレにもよくわかる。
そこまで考えて、陽太は口元を手で覆った。
「……あれ?」
それではまるで、自分が千代に恋をしているみたいだ、と。
おかしな話だ。だってそんな感情、陽太は知らないはずなのに。
「ボク、自分のゲーム機が欲しい……!」
悠真が一大決心をしたように宣言したのは、それから陽太たちがゲームをやるようになってから、しばらく経った頃だった。
陽太は、悠真の言葉に内心うんうんと頷いた。
悠真の気持ちが、陽太にはよく分かったからだ。
初めてゲームを借りた頃には多少あった抵抗感は、この数年ですっかり霧散していた。今ではむしろ、すっかりハマっていた。
それは、陽太にとっての娯楽があまりに少ないことに起因しているだろう。
人気のない部屋でポツンと過ごすことが多い陽太にとって、ゲームは得難い娯楽だったのだ。
気持ちは大いにわかると同意しようとして、はたと気がつく。
「でも、悠真のお父さんって厳しくて、ゲーム機なんて買ってもらえないって言ってなかったっけ?」
「うん……」
悲しげに目を伏せた悠真の姿に、陽太は胸が痛んだ。
悠真はいつだって、陽太に優しくしてくれる。だから悠真が悲しそうにしていると、陽太も一緒に悲しくなった。
それは、千代も同じだったのだろう。
「……どうにか、できないかな……」
そう呟く声が、横から聞こえてきた。
陽太は考え込んだ。悠真だけでなく、千代までなんだか悲しそうだ。
この世界でたった二人の大切な人が、同じように目を伏せている。陽太に差し出せるものなら、なんだって差し出すのに。
そう考えたところで、ふと思った。
そういえば自分には、両親が残したという財産があったはずだと。
管理は世話係を請け負う妖怪に一任されていて、陽太の目に触れたことはない。しかし、実際には陽太の財産であるはずなのだから、探し出しさえすれば勝手に使ってしまっても文句は言えないはずであろう。
実際のところはどう反応されるのか、正直なところわからない。けれど建前上は、そういうことになっているはずなのだ。
今こそ自分が、悠真のと千代の為に立ち上がる時だろう。
「……オレが、なんとかするよ………!」
陽太は立ち上がり、拳を握った。
侵入は簡単だった。
目星をつけた世話役の家に、陽太は忍び込んでいた。
偶然世話役が家にいなかったのもあって、能力を用いればなんの問題もなく入り込むことができたのだ。
具体的には、光を実体として顕現できる能力を応用して、鍵を複製。それから、光の反射を用いて自身の姿を隠しながら、正面玄関から入り込んだ。
陽太の生まれ持った光の能力は、非常に珍しい能力で、その分だけ、できることが非常に多かった。
「……こうして実際に使ってみると、警戒されるだけのことはあるってことかなあ」
そんなことを呟きながら、陽太は家を物色する。
勿論、自分の財産を見つけるのが目的なわけだから、世話役の持ち物たちはスルーして、どんどんと棚や引き出しの中を探っていく。
カチ、コチ、と、時計の音が響く。
目ぼしいものが何も見つけられないまま、時間が過ぎていくと、徐々に焦りが出てくる。
自身の姿を隠してはいても、外から見れば、陽太が持っているものが、急に現れたり消えたりするわけで。勿論、何者かがそこにいるのだということは気づかれてしまうだろう。
手早く物色を済ませなければ、いずれ見つかってしまうだろう。その正体が陽太だとバレた暁には、一体どんなことになるのか……。
ゾッとしながら手を速める。すると、見覚えのある名前があった。
「桐原花音……」
小さな冊子の表紙には、「母子健康手帳」と書かれている。
桐原花音、という名前が保護者の欄に丸っこい癖字で書かれており、その下に、陽太の名前がある。
つまりこれは……。
「オレの、母親……?」
その姿を思い起こそうとしてみるけれど、空想上の生き物を想像するように、うまくいかなかった。
薄らぼんやりした霧の中を探るように、さらに探っていく。ここに陽太の母親の持ち物がある以上、他にも何かありそうなものだと予感したのだ。
そんなことをしていると、玄関の方からガタガタと音がしてきた。
ハッとして、咄嗟に手にしていたものだけを掴んで、物陰に身を潜む。息を殺して様子を伺っていると、監視役の声が漏れ聞こえてきた。
「あれ、鍵閉め忘れてたみたいだ……」
呟きながら家に入ってきた妖怪の横を、そっとすり抜ける。心臓がバクバクと高鳴ったが、不思議そうに陽太のほうに視線を向けた妖怪は、首を傾げてすぐに目を逸らした。
よかった、ちゃんと能力が機能しているみたいだ!
陽太は冷や汗をかきながら忍び足で駆け出し、急いで自宅まで逃げ帰った。
「た、助かった……!」
大きく息をついた陽太は、持ち出してきたものに目をやる。
陽太の手の中にあったのは、小さな二冊の冊子だった。一つは、先ほども見た母子健康手帳。そしてもう一つが。
「桐原陽太……」
陽太の名前で作られた、通帳だった。